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風の谷〜泰阜村   
   初夏・若葉色の風を浴びて

 南信州里山に最も美しい季節がやって来た。広葉樹林から吹く風は、むせ返るような黄緑色のエネルギーを運び、小さな命をあちこちで育んでいる。我が山荘にも雨戸の戸袋の中に小さなセキレイの雛が4羽、ピーピーピーとかしましい。

 隣の広葉樹林から餌をせっせと運ぶセキレイの夫婦が、人間の目を盗んでは戸袋の中に滑り込む。

一方悠々の軒先には五つのツバメの巣に雛が孵っている。一方雉鳥は小さな雛を連れて悠々の庭に現れる。

 年寄りたちはもっぱら、ちび雛たちが青大将にやられないようにと観察結果を報告し合っている。

 我が山荘の書斎の窓からは美しい黒文字の緑が美しい。

さて、悠々の常勤スタッフが居なくなって2か月が過ぎた。会う人ごとに「若くなったね〜」お世辞だかなんだか言われる。

しかし78歳、年は争えないもので或る朝血圧が94/下が57と出てその次の朝、激しいめまいで起き上がれなくなった。とうとうきたか、私の持病・・・ここまでよく持ったものだと思っている。

 隣の(自宅からぐるりと回った反対側に住む隣人)に「助けてコール」を掛け、非常勤で来て頂いているNさんに急遽朝ケアをお願いした。「本当だったら、もうちょっと行ってやってもいいんだけど」との身に染み入る言葉も頂いて、この難局を乗り切った。一日殆どをベッドに居たおかげで、今日は入浴ケア+賄い+夕ケアを頑張れる。

 その上6月8日には、映画界ではよく知られた河崎監督の出前映画を悠々で開催することが決まった。

 この知らせを悠々のお婆様たちに伝えたところ、「えぇ!嬉しい。ほんとかね」に続いて、お一人の口から出た「愛染かつら」の主題歌を皆で合唱してしまった。幸せは、天から恵みのように降ってくるのだとまたまた感動してしまった。

 

 心優しい人たちに支えられ、励まされて頑張れる。感謝である。

 

 

 

風の谷〜泰阜村    
 浅黄色の風を浴びて〜悠々の婆様たちの暮らしぶり

 里山の緑の海から伊奈谷にむけて浅黄色の風が吹き渡っている。悠々のベランダには燕たちが戻ってきていつもの初夏の賑やかさで満たされている。今年のツバメの巣はとうとう6つ出来上がり、二つの巣で抱卵がみられる。後の巣はせっせと通う夫婦燕たちが子作りに忙しいのだろうか。子供たちが巣立つまでは悠々のベランダは使用中止(燕の糞被害を甘んじて受ける覚悟が必要)となっている。汚れたベランダを、暇を見つけてデッキブラシで磨くのは、燕が大好きなセンター長の仕事になっている。今一つの重要な仕事は、燕の卵を狙う青大将を見張っていることかな・・・。悠々の婆様たちは毎日このツバメの動向を観察しながらおしゃべりを楽しんでいる。みんな元気だ。おいしい手料理を楽しみ3時と10時のお茶にはしばしば頂き物の饅頭やケーキやクッキーが出されている。入居者を訊ねる親族や、お友達の手土産である。入居者5名元気で口々に「楽しい、幸せ」と言う。

 「先生 体に気を付けて元気でいてくれなきゃいかん。わしは最後までここにおりたい」とおっしゃる。嬉しいことである。スタッフが理事長交代で常勤スタッフ二人が辞め、センター長になって右往左往している私を、まるで娘のように、妹のように気遣う心が嬉しくて、何故か50日12時間勤務で休みなしでも元気だ。これは自分でも予想を超えた現象でびっくりしている。

 「先生は人間じゃないな、化け物だ。」と誰かに言われたっけ。自分でもあんなに病気満載でときどき倒れていた自分はどこに行ったのかと不思議に思う。でもこれは、暖かい非常勤スタッフの思いがけない応援と、入居者の優しい言葉かけ、社協のスタッフの暖かい応援、理事さん達の力強い励まし等々、貴重な賜物の成果である。

 80歳の誕生日まであと1年9か月・・・行けそうな気がするよ。大丈夫だよ。

 このごろあまり泣かなくなったよ。介護鬱回復に向かっているかな・・・

 

風の谷〜泰阜村     
   悠々の奇跡

 桜吹雪が舞い散る中で、広葉樹の新芽がめぶき里山が浅黄色に染まってきた。「本物の春だよ」と里山全体がその生命の輝きを歌いだしたような気がする。その中を鶯の鳴き交わす声、様々な渡り鳥の声が響きわたり、人間は宇宙の命の中の小さな一つに過ぎないことを感じる。

 さて賄いさんとの二人職場(休日なし、たびたび休憩もなし)の過酷な日々が昨日で23日経過した。人間って(高齢に関係なく)やろうと思えばやれるものなのだと感心してしまった。

 その上、天から情けの恵み(サポーター)も降りてきて、倒れそうな私の元気の源になっている。

 一つは、足に障害を抱えているにもかかわらず、非常勤のヘルパーさんが「週2日勤務してあげるよ」という。加えて孫育てで忙しい非常勤の週1(半日)勤務だった看護師さんが、「4月29日は一日(朝7時〜午後6時)11時間来てあげるから一日ゆっくり休みな」と信じられない優しい言葉を頂いた。

 天から恵みが降ってきたと感じた。78歳の心と体が、「もうだめかもしれない」と弱音を吐きそうになる寸前で、この「頼りきっている5人のお年寄りの嫁として、その命の最後まで伴走すること」を許されたのだと感じた。

 今の私にとって奇跡とは正にこのことを指すのだと思う。お年寄りを支えるためには、私もこうして支えられなければならなかったのだと知った。

 天は、私をまだ此の世で必要としてしてくださるのだ。

 その上昨日は、入居者のご家族が、見ていられないとのことで小さな雑務を担ってくださる方を紹介してくださった。その方と面接の後、入居者の婆様たちとお茶をしてお帰りになる時に、そのお婆様一人一人がそっと、「ぜひ悠々に働きに来てくださいね」と頼んでいるのを見た。私が倒れないようにと助けを探し求めていたのだと知って、尊くて嬉しくて涙が止まらない。

 悠々にも春が来ている。

 

風の谷〜泰阜村    
    泰阜の里山の桜が満開〜そして悠々も

 今日も花の便りがあちこちから届き、悠々の周りの里山が桜色に染められて美しい。悠々の軒先にはもう2組の燕のつがいが巣作りをはじめて賑やかになった。もう春だなと我が婆様たちの顔が綻ぶ。

 悠々の独りケアを始めて5日が経過した。確かに忙しいが、5人の婆様たちの雰囲気が変わった。お茶の後、自分たちでゆっくりとよもやま話におしゃべりが止まらなくなった。みんな顔見知りと言うわけではないのに、自分たちの身の上話をあれこれ話はじめ「うんうんそうだった。わしの時もそうだった。若いころはみんな苦労をしたもんだな〜」と自分たちで共感し始めたのだ。こんな老人施設みたことも聞いたこともない。確かに90代の婆様たちが味わった戦前戦後の苦労話(それがまた微に入り細に入り詳しい・・・)を話し始めれば尽きることはない。その上NHKの満蒙開拓団の人たちの「自分たちは二度故郷を追われた」と言う話に、「この泰阜村の開拓団の人々が(その中には親類が含まれていた)泰阜村に帰ってきたときにも『満州乞食が帰ってきた』と虐められていたのを見たよ。そりゃあ可哀そうだった。福島や東北の原野に行かされたと聞いたよ」とこんな話も出る。令和の時代の始まりに、大昔の姨捨にも匹敵するような残虐な証言である。「満州から逃げ帰る時には、自分の乳飲み子を海に捨てて逃げたという話も聞いた・・・。満州の泰阜村開拓団はソ連の近くにあってもろに襲撃を受け、何万人もの人が死んだという話だった。」

 桜の花が咲き、自分たちは平和でこんな世に幸せに生きていていいのだろうかと過去を振り返る作業も続いた。

今日は県議会議員選挙の投票日である。

風の谷〜泰阜村    
   悠々・春の雪に思う

 日本列島桜の便りが次々と届く季節、悠々のお茶の時間は「東京の桜が満開だとTVで見た。」「南信州じゃ寒桜の淡いピンクしか見えねえなあ〜」と、お婆様たちが隣のお寺の観音様の満開の桜を待ち望む。

 5時半起きで朝7時ケアから夜7時の12時間勤務を無事やり終えた。

 この4月のシフト表を覗いた人たちが、絶句しながら私の顔を見る。「先生、こりゃ持たねぇぜ・・・」「大丈夫、この辺じゃ昔の嫁は年寄りの4人や5人は、面倒見ながら孫まで看て、家のことや百姓を手伝っていたもんだ。大きなお屋敷に嫁に来たと思えば誰でもやって来た事さ」と答えて心配顔の面々の口を封じる。

 このたった2日間で、信じられないようないいことがあった。

 悠々に暮らす年寄りたちが、「先生わしらにも何かできることは手伝いたい」と言い出し、すっかり何もかも甘えていた雰囲気が一変した。まず/後のテーブルを台拭で拭きだした。⊆分たちの食後の茶碗を流しまで運ぶようになった。洗濯物を畳むようになった。

その上ぁ崔箸くなったら、悠々の庭の花壇の草をむしって花を植えたい。野菜も植えたい。・・・」

 なんだなんだこのお婆様たちの心変わりは・・・。まず小さな喧嘩が無くなり、成り立てほやほやのセンター長を何とかして助けたいと申し出る。

 その上、たった一人残ってくれた賄いさんが、昼の休憩時間に訪れる訪問者に、「先生は今休憩中で休んでいるのでそっとしておいてくれんか」と頼んでいたとは・・・。道理でこの2日間休憩時間につぎつぎと何故か訪れていた訪問客が居ないな〜と思っていたが、そういう事だったのか。

 嬉しく、有難く涙がこぼれて止まらない。

ご家族からは「先生心当たりがあるから誰か連れてきていいか。」と聞かれる。「家の嫁さん掃除なら半プロ並みだよな・・・」と言う。ご本人の承諾はこれからである。

 その上月1回しかスタッフを送れないといったハウスクリーニングの業者さん、「見積もりには14か所のトイレ掃除が入っておりませんが、監督の私がそっと内緒でやってあげましょう・・・」と言われる。

 

 奇跡とはこのようにして起こるのだと知った。南信州の人々の優しい心根が有難く有難くて心は涙でいっぱい‼

 さあ、今日も頑張る‼


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