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風の谷〜泰阜村    
   錦秋の風の中を悠々にも新たな風の予感

 アルプスに囲まれた伊奈谷の棚田に稲架かけ米が並んで、見事な秋が無事にやってきた。異常気象の中で、貧しい村のお年寄りたちが今年の稲の収穫を本当に心配していた。この稲刈りが終わりホットする頃矢継ぎ早にやってくるのが、村民大運動会である(先週秋晴れの中終了した)。明後日は秋祭りである。しかし近年の高齢化で、この秋まつりにやってくるのが神社部の担当者と宿六さんという下働きをする当番にあたった部落の年寄りたちのみである。昔は村で生まれた子供や孫たちのお宮参りで賑やかだった。今は伝統文化を自分の代で絶やしてはならぬと、頑張っている年寄りたちがよろよろとやっている。

 一時の賑やかさは、近くに住む山村留学の都会の子供たちが、境内に撒かれるお菓子を目当てにわぁ〜とやってきて、さぁ〜と潮の引くように消えてしまうという寂しさである。子供の姿が見えないお祭りなんて、青年たちがワッセワッセとやる姿が見えないなんて祭りか!と問いたい。

 さて、それでも泰阜の伊那谷の秋の風情の美しさは何物にも代えがたい美しさがある。その中を吹き渡る風の芳しさはこれまた口に言えない。

 その中にあって、最近悠々にも新しい風が吹く気配を感じるようになった。毎日のように入居のお問い合わせを頂くようになったのである。問い合わせの条件がこれも皆一応に決まっていて、まず/涜欧鬚い蹐鵑覆海函壁袖い虜歸)で呼び出さない事、△金は定額の税込17万円から請求しない事、F居は特養の順番が決まるまでの期間 ということである。

 「つまりは、手間のかかる年寄りを捨てたいということか?」とじっと目を見ながら聞いてみた。すると大慌てで「いえいえそんな気持ちはかけらもありません。一生しっかりと面倒を見るつもりです。しかしこの人を施設に入れたら、私は女中のような仕事から解放されたい。この人が駄目になってしまったのでお金はやっと自分の自由になった。私も人生を楽しみたい・・・」と言われた。

 気持ちはわかる。そうだろうと思う。女は楽しむ暇もなく奴隷のように男の暴力的な言動に振り回されてきたものだ。

しかし、気持ちはわかるが、我が悠々のスタッフをその代理としてお引き受けすることはできない、とは理事長の堅い決意である。

 

毎日のようにお問い合わせ頂く方が、揃いも揃って「男性・認知症要介護3」80代後半〜90代の方の介護者からの悲鳴である。その上今小規模多機能を利用しているが、「もう看れないと言われた。特養の順番が回ってくるまでのショートで・・・」という事である。「どうして小規模多機能で認知症要介護3の方がお断りされるのでしょうか」と問うと、夜間の問題行動を管理するケア担当者を確保できない(人材的にも・経営的にも)ということである。

 悠々はでは、当直のボランティアさん(男性)を願いしている。ケア担当者ではないので、夜中に問題が起こったら即座にスタッフを呼び出す仕組みになっている。スタッフは悠々の近隣5分以内の在住者である。

 そして経営的には、この二人のボランティアさんの手当てを捻出するため、この10年間の理事長の報酬は無給である。

悠々にも新しい風が吹いてきた予感!しかし悠々は、お年寄りをゴミを捨てるように放り出される場ではない!近隣のお年寄りたちと家族のように暮らしている「地域のコミュニティーセンター+食堂+ケア付き民宿」である。したがって永住入居者の専用施設ではないので、あらためてご紹介を!

 

風の谷〜泰阜村   
   悠々の決算と総会を前にして

 10月に入った泰阜村の里山の秋模様の美しさはひと際の輝きがある。秋日和の中で「何故かな〜」としばし立ち止まって考える。何時にもなく曼殊沙華の赤が田の畔に美しい。山際の村道には山栗の実が至る所に零れ落ちている。奥山では松茸が豊作らしい・・・(山持に聞くと、「いや、まだまだ家とこは見かけねぇな〜」と逃げられるが、私は里山の尾根沿いの村道でいくち茸の群生を発見、ビニール袋いっぱいの収穫を得て、昨夜は我が家の栗ご飯と茸ののっぺい汁を堪能した。

 何かがおかしい、過疎の村の山の恵みが何年に一度異常な恵みをもたらすことは耳にするが、別段観光地でもない過疎山村の山の幸の豊作に不安を感じる。今年の冬は大雪の予報も耳にし厳しそうだ・・・。

 さて、悠々では9月決算月を越して10月に入り、会計士さんに驚き顔で「去年よりいいね、何があったんだ」と言われたが、それには以下に上げる事業が村民の口コミで広まり利用者が増加したことで、10年近くを経て事業が実を結んできたことが要因の一つとしてあげられるかもしれない。

 その一つ〕々が「食堂」だったという事実が驚きをもって口コミで広がり、近隣のお年寄りが「突然友達が訪ねてきたのでランチをお願いしたいがいいかな」とか、「突然、孫を預けられてしまったので昼を悠々で貰えるかな」、「今日は朝づくりで疲れてしまったので、たまにはおじいさんと悠々で昼を貰いたいんだがいいかな」という嬉しい悲鳴である。その上これらのお年寄りたちが、「悠々ランチがこれまたえらく美味しい。これで500円とは安いもんだ」とあちこちで評判を巻き起こしているらしい。

 小さな収入だが1年溜まれば無視できない大きさである。それよりも何よりも、悠々の一つの事業がお年寄りたちに少しでも役にたっているのが嬉しい。

 二つ目は、入居利用者が増えたことである。近隣の村からも問い合わせが入り、介護保険の補完的事業がこれも口コミで広まっているらしい。まず永住入居者のお年寄りの例は、サービス付き高齢者住宅から逃げ出して助けを求められたご夫婦である。要介護度が軽いので特養には入居できないが、家庭の事情(同居の長男が中国に単身赴任中で、急坂な山の崖の上に立つ隠居所の老夫婦(90代)を、一人残された嫁独りでは介護が困難)でお引き受けすることになった。悠々に移ってきた一番大きな理由として、サービス付き高齢者住宅では、常駐の管理者が居ないこと、とくに夜誰もいなくなってから認知症の入居者が部屋に侵入し、その世話を要支援の入居者がしなければならないことに疲れ果て、悠々に逃げてきたそうである。

 入居後、「悠々は高いという評判であったが、電気代も水道代の公共料金も込み、掃除洗濯もやってもらえる、食事代も込み、その上調子が悪くなった時にはいつでも駆けつけてくれるスタッフがいる。病院に付き添って連れて行ってくれるのも込みで155,000(税抜き実費)は安すぎる」と口コミで、その実態がひたひたと広まってきている。

 三つめは、人生最後の時を、家族のような見守りを受けながら、自分のしたいようにゆっくりと生きていることができる事だという。朝方や午後の涼しい時に悠々の広い芝生の庭を、泰阜の景色を楽しみながらゆっくりと散歩する。悠々食堂にやってくるご近所さんたちから最近の話題を聞く。時々頂く珍しいお土産をお茶の時間に堪能する。季節の美味しいご飯を頂く。いつもいつも寄り添ってくれるスタッフがいて、幸せだという。

 四つ目は、がんの治療中の方を年齢に関係なく受け入れ、県立病院、市立病院への定期的な通院介助、医師との緊密な連携のもとにターミナルを看取っていることである。かかりつけ医からは携帯の電話番号も知らされている。「痛みと苦しみだけは取り除いてください。あとは悠々が引き受けます」とお願いしている。今はご夫婦で入居中である。ご家族の不安、大変さへの支援も大切にしている。

 五つ目は、ぢ拮貘射々「生活リハビリ教室」事業を開催し、無料で健康相談(理事のリハビリ専門医の診察も含む)をし、理学療法士による個々人に合った装具の相談や腰痛体操の指導等が加わる。この生活相談によって近隣のお年寄りは、この1年で見違えるように元気になった。参加費は悠々ランチの500円のみである。このランチが好評で参加希望者の問い合わせに悲鳴が上がる。

 スタッフは総出で低賃金で頑張っている。それなのに優しい!これに勝るものがどこかにあるのか・・・聞きたい。

 

風の谷〜泰阜村  
 ひたひたと新たな風が起こって・・・

 泰阜村の里山が色とりどりの秋の七草に彩られ(観光客はどこにも見あたらないが)、無事にこの気象変動を乗り越えた山間の棚田が黄金色の稲穂で埋まった。ススキの銀波の間をくねくねと走る野道を車で走りながら幸せで心が満たされる。世間でどのようなことが起こっても、季節は巡り今年も秋祭りが近づいた。

 悠々の人気者であったペットのパピオンちゃんの急性膵炎も危機的状況を脱出し、老犬の最後を年寄りたちとともによろよろと、残された余生を過ごせそうだ。

 この間の人出不足を、残された少ないスタッフが死に物狂いで乗り越えている間に、お一人の非常勤スタッフが健康を取り戻し戻ってきてくれそうだ。マムシにかまれて入院した山男も元気に当直をこなせるようになり、理事長の胃の痛みもほっと一息つけそうだ。 

 その上に思わぬところから人出不足の悠々に援助者が現れた。入居者の縁者にあたる方たちが走り回って、「悠々」を潰してはならぬと、足りないスタッフを探し回っていてくれたとは、知らなかった。

 その上地元入居者の家族のお一人が、「娘たちも、第二の故郷にしたいからお母さん泰阜に帰ろうよと言ってくれるので、定年になったら東京から帰ろうかな、悠々を手伝おうかな、パソコンしかやったことないけど、一応ヘルパーの資格も持っているんだけど、何かできることあるのかな〜」と言う。

 あ〜、天は見放さなかったのだ!あの日照りのようなスタッフ不足の苦しみはどこに行ったのか。辛抱してよかった。世の中やっぱり辛抱が肝心とはよく言ったものだ。

 9月は決算日。11月に迎える総会を前にして、「悠々」に新しい風の復活の予感を報告できそうで嬉しい。

風の谷〜泰阜村
    理事長の後継ぎ現る?

 近年、台風の被害が甚大になった。昔から地震・雷・家事・親父と恐れらていたことが耳に残っているが、最近の地震の壊滅的な事、台風被害の目を覆うばかりの甚大な被害、それがいつ起こっても不思議はない地に住んでいるのだと改めて思い知ることが、すぐ近くに迫っていることを皆口にするようになった。戦争は人の手によるものである。だから人が食い止めねばならぬものではないか?と思う。しかしこの自然の脅威はもっと恐れるべきではないのか?世界の中でも小さな国の中に入るこの日本が・・・そして平和で豊かな国日本が、一瞬で壊滅的な被害を受けることから人はどのように備えればよいのかを思う。

 秋風が吹き、ススキの穂が揺れ、山百合が道端の崖に真っ白な花を一斉に咲かせ、萩、女郎花が山里を彩る時が来た。悠々の庭にもコスモスの花が咲き乱れ、赤とんぼの群れが真っ青な空いっぱいに群れ飛ぶ最も美しい時を迎えた。

 そして嬉しいニュースが一つもたらされた。

 泰阜村のこの小さな村の宝物である泰阜中学校2年生が、毎年村の各種職場で職場体験をする恒例の「キャリアデー(3日間)」がある。我が悠々にも、朝9時から午後4時半までの時間スタッフとともにお年寄りたちのお世話をするのだが、この時を悠々のお年寄りがどれほど待ち望んでいるかをその目で見て、スタッフは驚異の顔を見合わせる。

 慣れぬ手で髭剃りをしてもらう時のあのおじいちゃまのトロリンとした顔、お茶の時間に重度認知症のおばあちゃまたち(複数いるので)の争うように語る(2分と持たない)昔ばなし(自慢が多い)を、飽きることなく不思議なものを見るような顔をして聞いてくれる子供たちを、どれほど喜びをもって愛おしいと感じるしぐさを見せるか・・・、私たちスタッフが到底真似できない技である。

 その子供たちの一人が「僕は悠々に就職したい」と言って、高校の福祉コースに進んだと聞いていたが、この度N福祉大学に入学したと村の職員から伺って仰天した。この悠々が子供たちの心をつかんだのだ。この理事長、キャリアデーの最後には必ず「在宅福祉の村泰阜に帰ってきてね。もし気に入ったら理事長として迎えるから、この悠々に帰ってきてね!」

 かなわぬ願いと知りながら、そう繰り返して送り出したことを思い出した。

3K職場と揶揄される福祉現場に、あの子たちが帰ってきたとき、福祉の仕事が誇りをもって迎えられるように精進しなければと心したことであった。あと何年待つのか・・・大学4年、それまでちゃんとした給料で迎えられるようにと祈るような思いである。

 もう一つ、大学時代の教え子が「年老いた両親を連れて泰阜村に移住しようかな」「悠々でやりがいのある福祉の仕事に就きたいな」という。やりがいのある仕事・・・ともに暮らす家族のようなお年寄りの笑顔に包まれて働きたいとその方々は言う。

これ以上嬉しい報いがこの世にあるのだろうか。たとえ無給でも私がやってきたことは有り余るほどの報いを受けている。

 返すに「感謝!」以外にはないが・・・

  

風の谷〜泰阜村    
ひたひたと奇跡が起こって・・・

 昨日,とうとう泰阜村にも豪雨が到来した!バケツをひっくり返したような大雨に,年寄りたちは食堂に身を寄せ合って,互いの声も聞こえないぐらいの雨音に怯えた.「昔この裏の沢が決壊して,この辺は水浸しになったんだよ.この上の裏山は家のもんだが,崩れやせんだか・・・」と心配する.丁度お茶の時間だった。10時半,停電が起こり薄暗くなったテーブルの上に,早速スタッフがありったけのランタンを点けて置いた。「山小屋のようだね.キャンプしているようじゃん」と年寄りたちの不安を少しでも消そうと走り回る.  

 おりしも昼食の支度の真っ最中.「ご飯は炊けている?どんな具合?」ひょっと台所を覗くと、賄いスタッフがすし桶に炊きあがったご飯を団扇で扇いでいる.「あ〜今日はお寿司なのね.よかった.なんとタイミングがよいこと.あとは卓上コンロで何とか間に合いそうかな?」「いいっすよ.卓上コンロで間に合います.」薄暗くなった厨房から料理長の落ち着いた声が答える.

 浴室からは「お湯が出ません!Mさんが丁度上がったところでよかったです.つぎのSさん,停電でお湯が出なくなったで今日は風呂のお湯を被っておしまいにするかね」と言っているところで、電気が点いた.「よかったね〜.さあ今のうちに入ろう,入ろう」

 常に準備をしているとはいえ,風呂のリフターが停電で使えないとは思いつかなかった.浴槽のお湯を汲むにしてもバケツで汲み上げるしかないか・・・う〜ん,この暑い夏,週に2回ぐらい汗を流してあげたい・・・.理事長の知恵の絞り具合がまた試される。

 

 この暑さの中で,スタッフが次々と倒れ,とうとう広大な芝の庭や裏のボタという急坂な法面に雑草が生い茂り,盆だというのに誰も手入れする人が居なくなって,「悠々はいよいよ潰れるらしい・・・」との巷の噂が耳に入った。何を言うか,雑草ぐらい私が・・・とはいかないほど広大で1500坪あるので,理事長の鎌一本では間に合わなかった。素人が空いた時間で刈っても刈っても、後ろを見るとあっと言う間に元通りに生え揃っているのをみて、泰阜の男手の凄さを思い知ったことであった。

 ところが、ところが、これが泰阜村の凄さで、脳梗塞を患ってご不自由な体を抱えたひとりの70代の男性(Kさん)がひょこっと事務所に現れ、「悠々の草を刈らしてくれ」という.「この炎天下に草刈り等ご無理をなされたら,熱中症になったら困ります.お気持ちだけは嬉しく有難く頂きますが,あなたにだけはやらせたくない.心配でたまらないのです.」

 「大丈夫だから,家でもやっているのだから大丈夫.あの急坂なボタは、ガードレールに綱を引掛けて体に縛ってやるから大丈夫.それに、こんな私でも残された人生,何か人様の役に立つことをやりたいんです.やらせてもらえんかな」

 しばしこの言葉に心が揺れた.障害を持った人々が社会から疎外され苦しむのを、MSWのころに共に苦しんだことが心によみがえった.「じゃあ,くれぐれもお気をつけてやってください.こんな嬉しいことはありません。悠々にとって誰も出来なかった事でした。有難うございます。助かります。ただし日中の暑い炎天下での作業はやめてください。もちろん雨のすべりやすい時はやめてくださいね.もしも事故が起きてお怪我をされたら、理事長の私が警察に曳かれていくことになりますからね。」

 「大丈夫です。必ず守ります!」と言われた。「悠々の草刈りは私と仲間もおりますから、任せてください」

 でも、翌日から彼はやってきた.ほんの2,3時間でアッとゆう間にきれいに刈り上げられた庭を見て、涙がこぼれそうになった.

でも、夢中になった彼は、やっぱり雨の中をずぶぬれになりながら止めなかった.飛んで行って「雨の中は危ないので止めてください!」と叫んだが,「わかりました」というが,気のすむところまで続けておられた。

 スタッフたちが苦い顔をして「もしもの事が起こったらどうするんです!」という.「もしもの事が起こったら、私が責任を負います.あの方のご家族は私を訴えるような方たちではないし,お怪我は傷害保険でできるだけのことをしましょう」

 この世から役立たずという烙印を押されて、独り不自由な体を抱えて生きていくほど苦しいことはないと、私は知っている。

そのお一人お一人に何か一つでもお役に立てたのだったら嬉しいと思う.

突如現れたボランティアである.これを天恵と言わずして何と言おう.

風の谷〜泰阜村
 やっぱり奇跡は起こるのですね   

 泰阜村の朝夕の涼しさはもう初秋の気配がする。山百合の盛りがすぎ秋の七草(萩、ススキ、桔梗、撫子、女郎花・・・)がもう咲き始め、その可憐な立ち姿にふと立ち止りたくなる。森の中からかしましいほど響き渡る小鳥たちの声に目覚め、朝支度に起き上がる。泰阜の民にとってあまりにも当たり前の季節の風情だが、都会からこの村を訪れる方々にとって、どうも驚異らしい。

 先日、泰阜村婚活事業でカップルにたどり着いた方々の再来村の機会があり、「ケア付き民宿・悠々」にその4組の方々をお迎えする機会を頂いた。遠路はるばる神奈川から来たという方々は、田舎の夏祭りの後の喧騒から逃れるように、シーンと静まり返った「悠々」に落ち着かれて、理事長の手作り巻きずしやおにぎり、撥ねきゅうりの浅漬けや、農家の畑で完熟した冷たいトマト、りんごジュース等々・・・(お夜食と言われていたので・・・)を口にしながら、悠々の広々としたリビングダイニングに、実家に帰ったようだと寛がれた。

 順番に入られた浴室の湯船の大きさにまたまた驚かれ、「家ではこんなことできないね。足を延ばしてたっぷりの湯に肩まで浸かって、本当にのんびりできました」という。

 3組のシングルマザーの方とお一人の若者だったが、皆とてもよい方々達で、(涎が出そうなほど来ていただきたい方々達)つい、「悠々でもヘルパーさん・賄いさん・事務員さんを募集しています。家賃5千円から村営住宅あります」等々勧誘してしまった。

「ここは、私たち普通の人でも泊まれるんですか?」当然のように質問されたので、「はい空き室はすべて民宿登録してありますので誰でも泊まれます」とお伝えした。皆びっくり仰天して「エェッ、その上ケアもついているんですか?」という。「はい、八ヶ岳から甲斐犬と92歳の御ばあちゃまを連れたご一行が泊まられましたよ」と伝えると、「家のおばあちゃんもここに入れるのでしょうか」と続いた。神奈川では同居家族がいると介護保険のショートステイ等も利用出来ない事情があると言われる。「それぞれのお宅の一切の事情に関係なく、空き室があればだれでもご利用可能です。そのような施設が各地に出来ればいいなと、この悠々をモデルとして作ったのです」と宣伝してしまった。本当は、泰阜の住民の方々に利用してもらいたかったのだが・・・。全国展開してしまいそうだ。

 お風呂から上がった方々に、リビングのマッサージ機をおすすめした。「あぁ〜、眠ってしまいそう」という。「いびきもご遠慮なくどうぞ」笑顔がはじけた。

 その横で4歳のちびちゃんが浴衣を着て泣きわめき、大騒ぎをして困り果てているママに、「この暑さできっとあせもがかゆいのかもしれない」と浴衣を脱がせ遠くから扇風機を当てながら「お熱があるかもしれないから、お熱を計ってみましょうか」と声をかけると「うん」と小さな声で言う「36度3分、お熱がないから大丈夫だったね〜。のどが渇いたでしょ、りんごジュース持ってこようか?」「うん」お部屋にりんごジュースと手巻き寿司をお皿にのせて覗くと・・・床の上でコトンと寝てしまっていた。ホォーと吐息をついたママと顔を見合わせ、「さあ、この間にママはお風呂に入って汗を流していらっしゃい」・・・

 これって実家に帰ったら、おばあちゃんがやってくれることかもしれない。

「悠々」にある、子育てママたちへの特別ケアサービスである。

  

風の谷〜泰阜村    
悠々の危機を誰が救うか!

 TVに映し出される大雨被害の悲惨な人々、猛暑で搬送される熱中症の人々、火蟻上陸と日本列島が荒れ狂う自然の脅威の最中にあって、泰阜の山里はひっそりと初秋の気配を漂わせている。穏やかに何もないかのようにいつもの盆支度に汗をかいている。

 朝晩の涼しさに戸を立てて薄掛けをかけ、森に響き渡る小鳥たちの声で目覚める。

しかし悠々は設立10年という節目を迎えて、中の住民たちは明日をも知れぬ身体状況になり介護が重くなった。ぎりぎりのスタッフで支えて来たが、そのスタッフたちも年を取り、独り二人と歯が抜けていくように病に倒れていく。捜しても捜してもこの村には働く余力の残っている人はいないことが分かった。

 ふと、悠々のモデルでもあったスウェーデンの「高齢者協同組合」のことが頭をよぎる。かの地も人口67人という超過疎地であった。その地の年寄りを遠く離れた知る人もいない施設で逝かせることに忍びなく、若い二人の女性が立ち上がって「高齢者協同組合」を造ったのであった。しかしそこもかの地に広がりを見せることはなく、10年を経た後閉鎖されたとの事であった。

 スウェーデンの消費税は25%である。福祉の充実は世界のモデルとなった。しかしだからこそなのか、人々は老後は国が見るのが当たり前という思想で、ボランティアで年寄りの最後を幸せにというのは普及しなかったのであった。

 ましてこの泰阜村では、乏しい予算の大半を公共事業(大規模ながけ崩れは日常茶飯事)が占め、それを補うために高齢化率37%の高齢住民の労役が村の道路と水を守っている。わずかな若者(60代も含む)は残らず皆働いている。

 悠々を始めた時、組合員の主力メンバーは50代60代だった。10年を経て主力メンバーは70代となり、ましてや肝心の入居希望者が本格的に増えてきたとき、それを支える肝心な理事とスタッフが年老いて病に倒れ、悠々の利用者となり始めてきた。

 悠々スタッフの一日の構成人員は5人、事務総務接客を兼ねる理事長+早番スタッフ1名+遅番スタッフ1名+賄い1名+夜勤の当直1名のみである。このスタッフを週休2日で休ませる交代要員(非常勤)が倒れて、理事長がそれを補うことになった。無理がたたって体が悲鳴を上げ病院通いが深刻になってきた。

 ヘルプコールに答えてくれたのは東京の組合員さんたちであった。6時間かけて深夜に到着したその方々は、疲弊困憊し、「遠いよ!助けたくても遠すぎるよ。それに私たちの周りにいる仲間たちはみな孫の塾の送迎に毎日駆り出されて、悠々のボランティアをちょこっとなんて出来ないよ!」と悲鳴が上がった。「そうだね。本当にその通りだったね。済まなかったね。でも娘たちごと村に移住して子供たちを一緒に育てるというのはできない事なのかしら・・・・」と理事長は食い下がる。

 「そうね。この朝晩の涼しさ。この大自然の癒しに包まれる安らぎは、何物にも代えがたいわね。娘と相談してみるね・・・」さてどうなるか。

 東京からの移住ボランティアを待って頑張れるか。それにしてもその方々も70代であったが・・・。

悠々の理事長が倒れたら「悠々」は無くなるかもしれない。だれもこの悠々の大胆な「横出しサービスを担う人」の代わりが居ないことを知っている。介護保険サービスがどれほど穴だらけなのか、高齢化率の激しい過疎山村の人々は知っている。

 入居者の親族の方々が死に物狂いでスタッフを探し始めていてくれるらしい。有難くて涙がこぼれる。有難くて・・・・

悠々を救い出して、さすが日本人!と世界の人々に言わせてみたい!

 それまで、がんばれ理事長!

風の谷〜泰阜村    
  天からの慈雨のごとく

 先日、何故か胸騒ぎがして大学時代の恩師にお電話をおかけした。お声に力がなく何が起こったのかと問うと、「長年連れ添った妻を失い独りで暮らしている。自分で苦労して立ち上げた精神の授産所からも辞任を通告され、仲間を失い生きていく目的を失った。ヘルパーさんが来るけど・・・」これを聞きながら、福島在住のその方が東日本の大震災に被災され、その後始末も手つかずにいることも知り(蔵書が部屋中に散らばり積み重なっているらしい)、お見舞いに行かねばと心した。

 時期を同じくして大学時代の我が秘蔵子ゼミ生からも電話を受け「会いたい」と言う。この子も(もう30代半ばだが)東日本大震災被災者である。共に大学時代の恩師を見舞いに行くことになった。私は朝4時半起きでの福島行である。

 その突然の思い付きが元学生たちの間にラインでまわり、何故か元老教員二人を慰労する会に発展した。福島の老舗温泉旅館に連れて行ってくれるという。据え膳盛飯とはこうゆうことを言うのか、子供たちに囲まれて「温泉」に入るってこんなに心も体も休まるのかと、思い出してもこんなに幸せな事を経験したことがなかった。

 老恩師と私(共に後期高齢者)は、いつの間にか立派に育った(福祉分野ではそれぞれの場で中堅管理職に就いていた)子らにケアされ、「本当に幸せだね〜、生きていてよかったね〜」と言い合った。

 その夜は、女子部屋で2次会となった。飲むこと飲むこと、へェ〜あの時の心細そうな子供たちがイッチョ前のおばさん、おじさんになってしまって、それぞれの福祉現場で悪戦苦闘している状況の打開策について検討会+共感となっていた。脇でそのディスカッションを聞きながら、ますます福祉現場から人間の良心が失われていく現実と悪戦苦闘している子供たちをみて、このように育った次世代の子等に出会えたことを心から天恵と感じた。山の奥深くで孤軍奮闘していると思っていたが、この子らが日本中に散らばって戦っているのだと知った。

 「先生のブログ見てますよ!」と口々に言う。「卒業して10年経って、よく考えてみると大学時代に先生が言っていたこと、やって見せてくれたことを、自分もやってるじゃんと気が付いたの。先生これって先生がいつもやっていたことですよね。」うんうんと頷きながら涙がこぼれそうになった。

 実習巡回に行くと、泣きながら「もうこんなの人間のやることじゃありません。虐待です。それを実習指導担当者からやれと命令されたり脅されたりするんです。私はもう福祉は向いていないと思います」と言われたことを思い出した。介護保険の経済的締め付け10年前よりももっと厳しくなったこの時期に、この子らが雄々しくも優しい心を失わずに、日々の実践の中で「基本的人権」のために、心と知恵を尽くして戦っているのを見た。

 天からの慈雨を浴びていると感じていた。

私も、置かれた場所で死ぬまで、力を尽くして「基本的人権」のために闘おうともう一度心に誓った。

 

 毎年縦ゼミ会(教え子1年から4年生まで約600人?)を持ち回りで開くことに決まったらしい。来年は日光だとか・・・

 元気でいなくちゃ!理事長!

 

 有難う!有難う!嬉しいよ!こんな嬉しいこと教師冥利に尽きると言うそうだ。本当に有難う、みんな元気で頑張れ!

 

 

風の谷〜泰阜村   
   悠々8年半の活動報告     

 先日国土交通省にお邪魔し、10年前に頂いた補助金「まちづくり交付金」第1号の活動報告をさせていただいた。特別養護老人ホームとの違い、有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅との違い等具体例を示しながらお話した。ほんの一部の金持ちを除く大部分が、生活保護以下の年金生活を送っている過疎山村の住民実態調査(高齢化率39%、高齢者の村民税非課税率82%)からは、「悠々方式」こそが住民にとって「安心して住み慣れた地で暮らし続ける」ための方法として有効であると思うと伝えた。「悠々」の指定管理者として残すところ1年余りとなり、やがては高齢化率が4割に迫ろうとする日本社会にあって、年寄りたちがどのように老いていくのが幸せなのかを、様々な具体例を通してお伝えした。

 2007年の悉皆訪問調査および2014年の高齢者追跡訪問調査からは、3世代同居の高齢者が必ずしも幸せとは限らない⇒子供世代は皆働いているので、日中独居がほとんどであること。このため高齢になると家族による行動制限があり、ベッドでTV+お昼はペットボトルのお茶とおにぎりorコンビニ弁当が多いこと。∀敬徂慇ぢ咾埜亀い任い觧か、独居でも車の運転が可能で、年を取っても人生のライフスタイルが継続できる事が幸せの条件であることなどが明らかになったことをお伝えした。以下悠々のサービスの特徴をあげ、これこそが今後日本の貧しい中山間地域のお年寄りの、真のニーズに応えるものになるのではないかと示したものである。その第一は、基本的な事業は永住入居(施設)ではなく、介護認定関係なしに誰でも泊まれる「ケア付き民宿1泊5千円」である。(ex:八ヶ岳山麓から90代の御婆ちゃんと国の天然記念物である甲斐犬同伴で2泊3日⇒ペットトレーナー修行中の青年による犬のお散歩付き/1日2回/時給千円)(ex:癌の末期と入院中に宣告され、「悠々で死にたい」と言って介護タクシーで病院から直行した60代の男性が、悠々のリハビリ専門医の指導や栄養管理、のんびりした普通の生活の中で活力を取り戻し、3か月後に電車に乗って自宅復帰、独りで入浴可となった)等上げればきりがない。現在は癌の治療中の後期高齢者が、抗がん剤治療の合間の自宅療養を「悠々民宿」で乗り切ろうとしている。最近は特に在院日数の短縮化で自宅に返されるが、自宅にはおろおろした老伴侶が待っているばかりor単身独居である。悠々では、役員のリハ専門医ならびに看護師によりる医療的管理と、能力にあったリハビリ指導が受けられ、悠々食堂の手作りの栄養に配慮された食事が供されることにより、体力の維持強化が図られることが難病に効果があるのではないかと評判である。また、悠々には様々な地域住民に向けた催事や悠々食堂を利用するご近所さんの出入りが日常的にあり、地域に開かれているところが「普通の暮らし」を醸し出しているのではと思われる。

 ただし、難点はこの横出しサービス(急な発病による通院介助等)には補助金が付かず、深刻な人出不足が永遠の課題である。

国交省の方には、研修生をお一人出して頂けないかと厚いお願いをして辞去した。もちろん最後に泰阜村が多額の補助金でサポートし続けていただけること、大自然の懐に包まれてある癒しの力が「悠々」の癒しの本体であることを付け加えることを忘れなかった。

 指定管理者残すところ1年と少し、ご苦労を掛けた役員も年老いてきた。みな最後は悠々でと口々に言う。

人は「理事長の変わりはいないでしょ。死ぬまでやるんだよ。」と口々に言われるが、このところ体のあちこちにガタが来て、病院通いが多くなった。さてどうするか・・・理事長!

 

風の谷〜泰阜村
山里の梅雨景色

 昨今の気候変動の中で、山里のお年寄りたちの頭の中は、いつものように梅雨には雨がしとしと降り、夏が来たらカァ〜と暑いお日様が照ってくれるのだろうかとの不安でいっぱいである。昨日梅雨入り宣言をニュースで知り、「あ〜やっと今年も梅雨に入ったか」と誰ともなしに安堵のつぶやきを口にする。昨日から降り続いた雨に、田畑が森が、しっとりと緑色を濃くして大きく息をしている気配がする。花の村泰阜は、道端沿いにキバナコスモスが一斉に顔を並べ、垣根越しにはに花菖蒲の色鮮やかな紫が見える。緑の森の中では、ヤマボウシが白色の清楚な花をひっそりと散らばせ、ヤマユリたちが一斉にピンク色の蕾を膨らませた。「栴檀は双葉より芳し」と歌に詠まれた栴檀の小さな紫色の花に包まれたことがあるだろうか。

 泰阜の山里が四季折々の花で包まれる花の里であることを、住民はあまりにも当たり前でたいして感動もしないが、都会育ちのものにとってここは秘境そのものである。

 昨日は、知り合いの方から「梅畑の梅を取りにおいで」とお声をかけていただき、我がスタッフが収穫前の立派な小梅を捥ぎにいった。20kgも採ってきて、双袋の重そうな米袋を食堂のテーブルに広げ早速、入居者のお年寄り、スタッフ、デイサロンのお年寄りたちが、「この小梅を塩漬けにしようか」、「砂糖づけにしてカリカリと食べたいね」、「大梅が取れたら梅肉エキスを作ろうか」、「いやいやあれは、土鍋で何日もかけてとろとろとつきっきりで炊かんといかんから、大変だぞ〜」「あれはどこの家でもかならず作っとったで〜」「昔は腹が減っとったで、子供らは皆青梅をちぎってポケットに入れておやつに食べとったもんだ」と喧々諤々のおしゃべりに花が咲いていた。

 

 

 この村の昔の暮らしがいかに貧しかったか、それをどのように搔い潜って生きてきたかを垣間見た瞬間であった。

そのおしゃべりを大切に心に留めながら、この村の人々たちは、この大自然の寶物さえあれば、どんな災害が起こっても生き残ることができると密やかに確信した。


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