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風の谷〜泰阜村    
    泰阜村調査から限界集落再生を想う

大雪が降ったり、春のような日差しに蕗の薹を頂いたりと泰阜村はいつもと変わらぬ季節の変わり目を経験している。その中で泰阜村の追跡調査データー入力とその分析に取りかかることで、私の心には一人一人のお年寄りの顔が浮かびその人々が私の心に住んで家族・私の心の一部となっている。この限界集落をどうするか!
 調査データーの中から一つだけ明るい宝物をみつけた。泰阜村の高齢者(2007年対象者616名)は、7年間のうち145名がなくなっているが、都会の子供たちに引き取られた転出者はたった10名しかいない。つまりほとんどの高齢者が、自分の家でなくなっている。データーでは(SF-8:全国平均と比べても)身体的にはあちこち痛いところを抱えながらも精神的には幸せだと感じているのだ。これは全国的にもすごいことなのだと研究者たちが驚きの声を発する。
 最後まで田畑にでて土と触れ合い、庭の花の手入れをし、四季折々の村の行事に参加し村民としての絆を深めている。お年寄りにも頑固者がいるがみんなで助け合って、年寄りが最後まで村で暮らすことを手助けしている。都会に出ていった若者たちが結婚に破れて子供たちを抱えて帰ってくるのもこの泰阜村の懐なのだ。
 「昔の日本はこうだったのではないか?」一人の研究者が叫んだ。「泰阜村こそ日本のふるさとの原風景なのかもしれない」と研究者たちはうなずき合った。
 昨日は徹夜で東京・御茶ノ水の会場での調査委員会に参加したが(日帰り)、実り深い収穫を得て幸せであった。
限界集落には、21世紀の日本を救う宝物が隠れているのかもしれない!それを解明するために、さあ今日も頑張るぞ〜。
 

風の谷〜泰阜村  
 「泰阜村・高齢者生活実態追跡調査」結果を受けて

泰阜村の棚田に稲架ハザ)掛米がずらりと黄金色の穂を風に揺らして、今年ももうすぐ新米が我が家にも届くかと、期待で胸が膨らむ。
里山には誰も採りはしない鈴なりの小さな渋柿が、錦秋の秋の深まりに彩を添えている。
今年も頑張って棚田を汗水たらして守っていた現役の80代のお年寄り達が大勢往った。もうお年寄り夫婦では暮らしていけないと、子らに判断されて施設に入れられてしまったお年寄りたちは、自分たちの不幸ではなく、「自分たちの代で田畑が荒廃してしまう!」と言って施設で毎日泣いていると、風の便りに聞こえてくる。
 今年実施した「泰阜村・高齢者生活実態追跡調査」は、7年前に65歳以上であった当時8割にあたる高齢者の7年間の生活を/搬竜’宗↓認知機能、1浜楪敢此↓に足度、ナ襪蕕靴屬蝓↓γ楼茲励という項目で、総合的に地域で暮らす高齢者の生活実態をとらえようとするものであった。
その中に「なにか悩みはありますか?それはどのようなものですか?」という質問がある。泰阜村の多くのお年寄りは少し考えて「悩みはないな」という。「え、そうですか?例えば先祖代々の田畑の跡継ぎがいないことは悩みではないのですか?」と短刀直入にお尋ねすると「それ以上の悩みはないな。だがもうあきらめた。悩んでもどうにもならんことはもう悩まんことにした。」と言われた。その口から苦渋の長い時間が流れたであろうことが推し量られた。このようなお年寄りは一人や二人などではなかった。棚田は見るものには美しいが、大型機械の入らない里山に張り付いた小さな田んぼを夏の暑さの中を這いつくばってコメを植え、野菜をつくり収穫し、それよりも何よりもこの田畑を維持管理するために日々水路管理と田畑の周りの草刈を絶え間なく行うことは、若い子供らがその過酷な労働の割には僅かな現金しか手に入らぬ代わりに、楽な労働と簡単に手に入る現金で身近な娯楽が手に入る都会を求めて出ていったまま帰らぬのは、宿命だと言う。
安倍内閣に「地方創生大臣」が誕生した。
 この過疎山村の貴重なお年寄りの深い苦悩を、そのまま日本の今後の崩壊につながりかねない苦悩を、その方の耳に届ける方策はあるのか、だれかだれか教えてほしい!!





 

風の谷〜泰阜村      
     訪問調査完了

先日の豪雨の影響か、自宅裏山の松喰い虫にやられた老大木が玄関前に、電話線を切断しながらまるで突きささるように倒れ道路を封鎖した。あまりの大木に自力では出入りも不能な状態であったが、翌早朝二人のご近所さんが電動カッター持参でさっさと片付け、役場に電話線切断の連絡を入れてくれた。その素早さ!私の山奥での悠々自適の隠居生活はこのような隣人に守られて維持できているのだと、改めて心に有難さが染み入った。
 泰阜村悠々のケア方式が、新しく塩尻に土地を得て展開が可能になった。
日本の各地から関心をもって今も視察が続いているが、他のケア付き住宅との明らかな違いの第一は、在宅の村民が困ったらだれでも緊急避難的に利用できる、「地域交流センター」の機能を持っていることだと思う。開所して5年、さまざまな誤解や嫉妬であきらかな妨害を受けたり乗っ取りをかけられたりしたが、今回の調査で村民のために悠々が担える役割は、自由な会食&365日配食と、深夜・休日の通院介助&ケア付き民宿であるとわかってきた。すべて介護保険外サービスである。
これを村の在宅サービスのための補助を少しだけいただければ、この村の「安心して最後まで住み慣れた地で暮らせる」理念が実現できると思う。
 そして、今回中小企業団体中央会の指導に従って、組合を実質的に利用していただいている方に縮小することを決断した。
村のすべての村人を対象に、「よろずお助け隊」を開業するためである。

さて、泰阜村の山姥が腰を上げたぞな。今回もお一人お一人のお年寄りの声を直に3時間もかけて伺って、本気だぞな。

風の谷〜泰阜村   
      限界集落のお年寄りたち

泰阜にもう秋風が吹き渡り、昼でも網戸を外して戸を立て、炬燵を出したお年寄りを見かけるようになった。深山に住む限界集落の話である。
 泰阜村の調査は、試追試験のために消えていた学生たちが帰ってきて、最終段階に入った。それにつれこの村の本当の貧しさが何か実感をもって感じられるようになった。今回の調査は2007年に実施した6歳から98歳までの全住民を対象とした全村調査(訪問聞き取り調査)の当時65歳以上であった高齢者の7年後の追跡調査である。
 7年前には19集落中5集落あった限界集落が、この7年間に実に10集落へと倍増していた。その限界集落と対極にある子供等が後継者として残っている集落、村外移住者の若者達が少しづつ増えている集落等との比較が、どのような切り口で科学的に証明できるのか。
 調査を手伝っていただいている村議や社協の方がたから真剣な厚い期待を寄せられている。
泰阜村存続の基盤は、働き者でしっかりものの女たちのおかげである。とにかくよく働く。男たちが農業の合間に村役(当然無償)で休む暇もないほどの村の行事にあれこれに引っ張り出されている間に、あたりまえのように家事をし、子を産み育て、年寄りたちの介護を担い(隙間だらけの介護保険サービスは施設入居しない限り家族に介護負担がのしかかっている)、農作業を担っている。
どうしてこうも働き続けるのかと限界集落のお年寄りに訪ねたことがある。その答えはこうだった。
 「昔は食い扶持減らしのために嫁に行かされたもんだ。自分が選んで嫁に来るなんて言うものはなかった。ただただ働いて子を産み育て年寄りの面倒を見るのが当たり前だった。年を取り次は自分が楽をさせてもらえると思ったら、時代が変わって嫁の来てがないので、死ぬまで働いて何の楽しみもなく死ぬんだと思う」という。
 「村の老人クラブとかお元気さんとか参加しないのですか?」との質問に、「この人(夫)が出かけて行ってしまうもんで、年寄り(99歳)の面倒を見る人がおらんで出ていけない。それにこんな山奥で車も乗れんし・・・」
泰阜村に生まれ泰阜村に嫁に来た。80数年間村から出たことはない。
このお年寄りに「泰阜に生まれてよかった」と死ぬまでに一言、言ってもらえるには何ができるか・・・・。
 夕暮れになって秋風が吹く山奥をたどりながら、胸の奥に重い宿題が残った。
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