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風の谷〜泰阜村   
      限界集落のお年寄りたち

泰阜にもう秋風が吹き渡り、昼でも網戸を外して戸を立て、炬燵を出したお年寄りを見かけるようになった。深山に住む限界集落の話である。
 泰阜村の調査は、試追試験のために消えていた学生たちが帰ってきて、最終段階に入った。それにつれこの村の本当の貧しさが何か実感をもって感じられるようになった。今回の調査は2007年に実施した6歳から98歳までの全住民を対象とした全村調査(訪問聞き取り調査)の当時65歳以上であった高齢者の7年後の追跡調査である。
 7年前には19集落中5集落あった限界集落が、この7年間に実に10集落へと倍増していた。その限界集落と対極にある子供等が後継者として残っている集落、村外移住者の若者達が少しづつ増えている集落等との比較が、どのような切り口で科学的に証明できるのか。
 調査を手伝っていただいている村議や社協の方がたから真剣な厚い期待を寄せられている。
泰阜村存続の基盤は、働き者でしっかりものの女たちのおかげである。とにかくよく働く。男たちが農業の合間に村役(当然無償)で休む暇もないほどの村の行事にあれこれに引っ張り出されている間に、あたりまえのように家事をし、子を産み育て、年寄りたちの介護を担い(隙間だらけの介護保険サービスは施設入居しない限り家族に介護負担がのしかかっている)、農作業を担っている。
どうしてこうも働き続けるのかと限界集落のお年寄りに訪ねたことがある。その答えはこうだった。
 「昔は食い扶持減らしのために嫁に行かされたもんだ。自分が選んで嫁に来るなんて言うものはなかった。ただただ働いて子を産み育て年寄りの面倒を見るのが当たり前だった。年を取り次は自分が楽をさせてもらえると思ったら、時代が変わって嫁の来てがないので、死ぬまで働いて何の楽しみもなく死ぬんだと思う」という。
 「村の老人クラブとかお元気さんとか参加しないのですか?」との質問に、「この人(夫)が出かけて行ってしまうもんで、年寄り(99歳)の面倒を見る人がおらんで出ていけない。それにこんな山奥で車も乗れんし・・・」
泰阜村に生まれ泰阜村に嫁に来た。80数年間村から出たことはない。
このお年寄りに「泰阜に生まれてよかった」と死ぬまでに一言、言ってもらえるには何ができるか・・・・。
 夕暮れになって秋風が吹く山奥をたどりながら、胸の奥に重い宿題が残った。
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