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風の谷〜泰阜村     
     後期高齢者医療を想う

先日の村役のあと体調を崩し、関東の某病院の循環器科を受診した。
 ペースメーカー埋め込み術適応といわれて15年、「人間は寿命が来たら死ぬのだ」との自己流信念のもとに生きてきたが、74歳4ヶ月を過ぎ、先日の自分には結構過酷であった村役の後、生活道路である坂道が登れなくなり、階段は5段で息切れがひどく、泰阜村の最低のノルマである村役をこなして生きていくのが難しくなった。肝心な「悠々」も道半ばである。
 そこで自己流信念がクラと揺らぎ、ペースメーカーとかいう現代の医療機器に頼ってでも、もう少しだけこの村の住民として元気な体を取り戻したかった。
 チラと年齢を見ながら初診で言われたこと。「う〜ん。ペースメーカー入れてまで頑張る年じゃないんじゃない。自分の心臓にあわせてもっと楽に暮らせるところに引っ越してゆっくりしたら?」言葉は優しげに聞こえた。先生は、この年寄りを思いやってくださったのがわかる。しかし私は抵抗した「でも、坂道だらけの村で仲間と一緒に村役をして最後まで暮らしたいんです。それにお預かりしているお年寄りを最後まで面倒を見てあげたいんです」先生は「74歳なんでしょ。自分の限界ってものがあるんじゃない?」と引退をほのめかされたんだと感じ「う〜ん、そうですね」と口ごもり、おっしゃる通りなんだけど私の頭には、自分が後期高齢者寸前なのだという現実を突きつけられたと感じた。これは日本の高齢者に対する厳然たる政策でもあることを。わが身に降りかかって愕然とした。山国にとっては70代が村役(山と川の緑と水を守る作業)の現役だってことを、政策立案現場では誰も知らない。私が外見からは溌剌とした元気ばあちゃんに見えても、炎天下を5km〜10kmの坂道の整備作業の途中で、時に意識が遠くなることをだれも理解しない。みんなみんな足腰を引きずりながら年に5,6回のこの作業のほかに、自前の広大な草だらけの田畑と庭の草刈を抱えていることを・・・。何の役に立っているとは思わないけれど、手を動かして皆と一緒について歩く年寄りの誰一人かけてもこの村では痛手なのだ。その人がいなくなるということは、その作業が自分の肩にかかってくることを知っているからだ。この村の人たちは一人一人を大切に思っている。みんなが力を合わせてこの村を守っていると知っているからである。村の絆は情として体でわかるものである。     
 さて、後期高齢者は、ペースメーカー入れずに死を覚悟するしかないのか。人が,手が一つなくなると部落の仲間が困るだろうな。だって山と水の整備がそれだけ厳しくなるものな。人よりも動物の勢力の方が勝っているこの山里で、人一人の重さがとてつもなく大きいことを、政策立案者は知らないと思う。
 私の通院のことをどこかで知った仲間が、もうお見舞いと言って野菜を届けてくださった。「必ず自分で食べてくれ」と言い残して。この心を知って私は涙を抑えられない。これほどの愛を受けてもう少しこの山里で、仲間と共に汗をかきながら生きていたい!泰阜の村民として生きていたい!私はこの緑の森の中で生きていたい!
    
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