ブログ

風の谷〜泰阜村   
    避難所の災害準備

 思いもよらぬ熊本の大震災が続く中で、春の嵐が日本列島を吹き抜け、浮かれていた桜の花見を戒めるかのように一夜できれいに桜色から新緑の季節に突入した。TV画面でしか近寄れもせぬが、一つのおにぎりやパンのために2時間の行列に並ぶと聞き、赤ちゃんを抱えた母や、何が起こったのか訳も分からずに恐怖に震えたであろう小さな子供たちや、あれこれのご障害を抱えた方たちや、お年寄りたちのことを思って心が痛む。
 東日本大震災の傷跡も未だ癒えぬ日本をあざ笑うかのように、繰り返し起こる大自然の脅威を、この国の民は、基本的にはその時を耐え受け入れ自ら立ち上がるしかないのだと改めて思う。東日本の大震災時には、電気が通じた3日目に届いた教え子からのお助けコールで、急遽集めた救援物資を2トントラックに詰め込み、村長の許可と運転手の応援を得て走った。現地では走っている目の前で突然道路が消え、道が海の中にえぐられて無くなっていたことに震え上がり、救援物資は避難所には受け入れてもらえず、急遽道路の端に段ボールを並べて、避難所の方々に声掛けをしていただく許しを受け、多くの方が外に出てこられて、自分たちの必要なものを受け取っていただいた。その時の避難所の方々の声。「寒くてたまらない。津波に濡れたままの肌着を変えたい。靴が欲しい・・・風呂に入れぬので下の汚れを拭くぼろ布が嬉しい・・・」よく考えると、一番必要なものは公の倉庫には備蓄されていないものばかりだということが判った。そして何よりも新聞が喜ばれた。自分たちの身の上に何が起こったのかを客観的に理解する情報に飢えていたのだった。多くの自治体は募金の声掛けしか受け付けぬが、今本当に必要なものはお金では届かぬものばかりではないのかと思う。幾度も繰り返される教訓を生かさぬまま、時の中で苦しむ人々をTV画面で見ながら歯噛みする。
 確かに5年前にメールでお願いしたとたんに悠々に届けられた救援物資10トンの内、必要なものは6トンでしかなかった。私たち泰阜村民有志はそれらを選別し、汚れてはいるが使えるものは洗濯し、穴の開いた綿のシャツはA4サイズに切りそろえて汚れ物を拭くぼろ布として段ボールごとに中身を銘記し仕訳した。それを被災地で道路に並べたのであった。残った燃えぬごみ4トンは、まだ使用していない(野菜の集積場)倉庫に引き取っていただける方が現れ、無事下伊那の有志の心をお届けしたのだった。
 潰れた家の中にうずもれた貯金通帳は引き出せないだろうし、これから続く日々が冷たいおにぎりやパンや水だけではどれほどの苦しみを味わわれることであろう。巨大地震が一刻も早く落ち着いて、復興に取り掛かれる日が来ることを祈っている。
 悠々も避難場所に指定された。その時に備えて教訓を生かす準備を怠らぬよう心したい。
コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

新着エントリー

カテゴリ

月別アーカイブ

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>

コメント

  • 風の谷〜泰阜村         ケアする者がバーンアウトするとき
    本田玖美子
  • 風の谷〜泰阜村         ケアする者がバーンアウトするとき
    加藤充子
  • 風の谷〜泰阜村 泰阜村の初盆まいり
    本田玖美子
  • 風の谷〜泰阜村 泰阜村の初盆まいり
    加藤充子
  • 風の谷〜泰阜村      家族未満友人以上のケア
    本田玖美子
  • 風の谷〜泰阜村      家族未満友人以上のケア
    加藤充子
  • 風の谷〜泰阜村         染み入る言葉を頂いて
    本田玖美子
  • 風の谷〜泰阜村         染み入る言葉を頂いて
    加藤充子
  • 風の谷〜泰阜村       要介護4退院患者M氏をお迎えして
    本田玖美子
  • 風の谷〜泰阜村       要介護4退院患者M氏をお迎えして
    加藤充子

RSS配信中

携帯アクセス

qrcode