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風の谷〜泰阜村
 〜地域の絆に助けられて〜

 36年前、泰阜村の深い森に囲まれた1軒の空き家(標高600m?)を借り、天竜川沿いの伊那谷を一望できるその景色に「日本のふるさとの原風景」を感じ、心奪われてそこに居付き勤務先から休み毎に通って子育てをした。

 そのころは30代で元気いっぱい、野山を闊歩し草刈も自力、子供たち(2歳と6歳)もマムシの巣と噂される野山を走り回って・・・有難いことに何の事故もなく、成長し一人前になった今も、自分たちのふるさとと自覚して休みには帰ってくるようになった。36年前と景色はどこも変わっていなくて・・・。違うところは不在地主の荒れ果てた空き家と耕作放棄地が目立つかな・・・。

 私たちも年を取り60代70代となった。家も水回りが壊れ、順番に手直しが必要となった。それよりもお隣の広大な不在地主の空き家とその庭に生い茂った蔦とぎっしりと密集した竹林は、動物の巣となり、そこを前線基地として暴れまわるようになった。散歩途中で猿軍団に出会ったときは、木々を伝って追いかけながら脅してくるサルたちと目を合わさず、人間と子犬が全力で家に逃げ帰って家の戸を閉め、鍵をかけ震えているという現状に至った。

 緑深い癒しの森が少しづつ少しづつ原生林に戻って、人間が追い払われているのかもしれないと感じた。

 それはまた、冬に雪が降ると竹林が覆いかぶさって道路が封鎖され、通行不能になり閉じ込められるという恐怖のもとにもなっていたのだが、それを救わんと、昨日猛暑の中を(日当りは39度もある)村の青年団(60代と70代)の40人近くの人たちが、広大な不在地主の道路添いの竹林の伐採を3時間もかけて、汗まみれになって片付けてくれた。もちろんボランティアである。

さっぱりと明るくなった道路沿いの風景を見て、本物の「地域の絆」とはこのようなものなのだと感動した。

 力のない都会人の自分たち夫婦はよろよろとついて歩くだけであったが、この日を体験して、泰阜村のすごさ、泰阜村は滅びないと確信した。

 村人の中に困っている人々がいれば、村中の若者(40代から70代)が区長の一声でチェンソー、ビーバー、鉈、鎌持参で、雨が降ろうが、雪が降ろうが、炎天下であろうが集まって、助けてくれる。

都会でこのような安心があるのだろうか。周りに住んでいる人々が、自分たちの安全を見守り困っているときには飛んできてくれる。

 そして自分が出来ることは自分でする。各自が精一杯自立して生きていく。アクセスから取り残されたこんな村が、「東京から最も遠い島」と揶揄される泰阜村が、実はこの世の「人が生きていくとはどういうことか」を示す原点なのかもしれないと、有難さに頭を下げながら感じたことであった。泰阜村万歳!有難うございました。 

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