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風の谷〜泰阜村    
    春の野に出でて来し方を想う

 92歳M翁をお送りした日はひどい雨の中だった。帰りの車内で、喪服の妻が「涙雨だよ」とつぶやく。「自分勝手にさっさと逝ってしまって・・・。私は長く生きすぎた。こんなに馬鹿になってしまって」と繰り返す。付き添いの私たちには返す言葉もない。

 悠々にたどり着くとお茶になった。入居者のお年寄りたちも他人ごとではないかのように、私たち一行の一挙手一投足を目で追っている。お一人の神経の細やかなお年寄りは、その夜半血圧が198/116に急上昇、少しバタバタ騒ぎとなった。

 それからの数日間、夜になると「誰もいなくなって、寂しい・・・」と当直のおじ様たちを悩ませるようになった。日中は出会うたびごとに目が私に訴える無言の言葉を受け止めるようにハグをする。この寂しさを慰める言葉もなく、ただ黙って受け止めるしかない。あの日から妻は食事を少ししか摂らなくなった。ご飯と汁以外には副菜に手を伸ばさなくなった。そして心配する私の顔を見上げながら、「胸が痛い」と訴える。ステージ4と宣告されたガンは、もうすでに鎮痛麻薬の服用を勧められているほどだった。体もこのようなのに、その上に重なるこの精神的な打撃には、何が効くのであろうか。

 昨晩からの春の嵐で、真っ盛りであった桜の花は、吹雪となって山里を染めた。そのあとに待ち構えたような浅黄色の新芽が顔をのぞかせている。この山里にも春の盛りはもうそこまで来ているというのに、悠々にはまだはじけるようなあの春が先送りになっているようだ。もうしばらくは、皆ともにこの哀しみの中にひっそりと暮らそうと思う。

 

コメント

うーん。・・・・・・・
  • 加藤充子
  • 2017/04/21 9:21 AM
あなたの一言には何物にも代えがたい重みがありますね。管理者として苦しんでいる私の心を受け止めようとしてくださる時、このお言葉になるのですね。有難うございます。私は一人ではないのだと感じます。感謝です。「共に寄り添う」とは昨今よく耳にする言葉ですが、今私はあなたを傍らに感じます。
  • 本田玖美子
  • 2017/04/22 5:34 AM
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