風の谷〜泰阜村
新しいお客様(認知症の方の苦悶)
師走に入り本格的な冬の到来に悠々では床暖房のスウィッチが入り、薪ストーブが一日中赤い炎を上げている。別天地のようなリビングに入ると、訪れた人は引き寄せられたようにストーブの前に座り、そっと出された1杯のお茶をすすりながら「ここは暖かですね〜、なんか心もほっとしますね」と嬉しそう。
隣町の地域包括さんからお問い合わせが入り、「80代ご夫婦の夫が自動車事故で入院した、認知症のある妻(まだ介護保険未申請)をこの寒さの中独り残しておくわけにはいかないので、悠々で急きょ預かってもらえないか」というご相談であった。浜松から駆け付けたお子さんたちに連れられたKさんは、夫の自動車事故に気が動転し、急に子供たちがやってきてあれやこれやと自分を引きずり回すのに混乱し、「悠々に泊まるんだよ」と言う言葉に猛然と抵抗した。
下を向いて口を一文字に結び「私は一人でちゃんとやってきた。大丈夫だ。何も心配されることはない」と言い切る。子供たち二人がかりの説得が2時間続き、双方ともに疲労困憊していた。
「とりあえず、お夕飯を私たちと一緒に頂きませんか」と進めてみる。置ていくわけにもいかず、かといって連れて帰るわけにもいかない子供と孫三人は、悠々の手作りあったかご飯をお相伴することになった。家族のように寄り添って悠々のお年寄りがスタッフと一緒に食べている光景に、ご本人もご家族も「ここはいいですね」と呟く。施設の食堂らしくないらしい。Kさんの顔にも笑顔が見られるようになった。
その様子を傍から見ていた理事長からの一言「今日は一気に日常にはないことが続きましたね。御婆ちゃんには一番苦手なことが起こっているのだと思います。そのような状況の中で、たった一人見も知らぬところに置いて行かれるのは本当に不安でしょう。どうでしょうか、ご家族もご一緒に今晩は泊まられるというのは?」顔を見合わせた二人は、「それもいい考えかもしれない」とのことで急きょ三人で同じ部屋にお布団を並べて泊まることになった。
それ以来Kさんは、「しょうがないね〜」と当分お泊りすることに承諾した。子供たちは毎晩のように浜松から往復しながら入院中の父親のお世話、帰りは悠々に立ち寄って母親の様子を確かめるという日々が続いている。
そこでKおばあちゃんの様子:「ご飯がおいしい」と3食は完食、10時と3時のお茶の時間は1時間ほどかけてスタッフや隣の席に座った90になったばかりのMおばあちゃんと「あんたはどこから来たね」とあれこれの質問に答え、「わしらの若いころは・・・」と話しに花が咲いて、見知らぬところではなくなってきているようだ。スタッフの昼休憩には、一緒にこたつに足を突っ込んでおしゃべりしながらTVを見て過ごしている。「おじいさんはどこに行ったかね」、「トイレはどこかね」「あ〜トイレの流し方がわからん」・・・おそらくご自宅では和式便器かな?
入居者やスタッフがいつも見えるところにいることが、不安を減らすのに役立っているのかもしれない。
それにしても緊急事態の時に見知らぬ施設に預けられてしまうお年寄り、どれほどの不安であろう。小学校区に一つ地域の行事のたびに皆が集まる。そこに併設のケア付き民宿があればいいのにと、今回の経験でまたその感を深くしたところであった。
kおばあちゃんの心の落ち付きようが目に見えるよう
です。私まで安らいできます。悠々の温かいまなざしを肌で感じていることでしょう。
それにつけても浜松から毎晩のように訪ねてくるというご家族の方にも感心しています。なかなかできることではないと思います。
「それにしても緊急事態の時に見知らぬ施設に預けられてしまうお年寄り、どれほどの不安であろう。小学校区に一つ地域の行事のたびに皆が集まる。そこに併設のケア付き民宿があればいいのにと、今回の経験でまたその感を深くしたところであった。」
本田さんをはじめ、スタッフの方たちの献身的な悠々の運営のようなスタイルは、なかなか難しいのではないでしょうか。どうすれば本田さんが実践しているようなケア付き民宿が可能になるのか、どんな課題があるのか、じっくり本田さんのお話をたくさんの関係者に聞いてほしいと願っています。