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風の谷〜泰阜村    
   99歳お婆様「悠々」入居顛末

 山里の朝晩はぐっと冷え込み、長袖上着をそっと羽織りたい気分がする。我が家の猫の額ほどの庭にも秋桜が咲き、秋明菊が咲き、山椒が赤い実をつけ紫式部が小さな花をつけた。山道には一斉にススキの白い穂波がゆれて、もう秋なのだと心嬉しくなる。  さて9月1日に約束の99歳要支援1のお婆様がご家族に連れてこられた。99歳なのにT杖1本で歩かれている(立ち上がりに手すりが必要)。玄関にお迎えに出てびっくりしてしまった。しかし入口に入られて玄関の椅子に座られたまま婆様はそこから1歩も動かない。頑として動かない。  その様子を見て話を聞いた。「どこに連れてこられるのかと思ったら、こんな泰阜の山奥にどんどん連れ込まれて『ここだよばあちゃん。しばらくここに入って居れ』と言われた。わしは家では何でもできる。飯を炊いてもらう以外なにも世話をかけていないのに、なんでわしがこんなところに捨てられにゃいかんのだ」とおっしゃる。そうか御尤もと思い「Kさん、ここは民宿でちょっとの間泊まるお宿なんよ。施設ではないので、ご家族の用事がすんだらすぐに家に帰れるんだに」と伝えるが、「わしはこんなところに捨てられるほど耄碌してない」と言い張る。確かに他の普通の婆様とは雲泥の差の身体能力ではある。その上おっしゃることに一応筋が通っている。その上ご家族はこのお婆様に、嫁が癌の転移で手術をするために入院するということを伝えていないらしい。家に残るは男所帯(長男70代病弱、男孫40代)で婆様一人を家においてはおけないという心情もある。  このやり取りをみて判断したセンター長、「悠々は牢獄でもなく入所施設でもないので、ご本人の納得なしに御受け入れできません。申し訳ありませんが、ご本人を納得させてからもう一度お連れ下さい。」と伝え、一旦自宅に引き取っていただいた。

 さて1時間ほどして今度は孫(たまたま日曜日で家に居た)が強引に連れてきたらしい。さっきとは打って変わってしょんぼりとした婆様が孫の後ろについてきた。何と言い聞かされたのか不明である。たまたま悠々は夕食で、当然夕食テーブルに案内され皆に「お世話になります。よろしくお願いいたします」と頭を下げ、食事を食べ始めたのを見て、孫はさっと引き上げてしまった。孫の姿が見えなくなったとたんに、婆様の口から雪崩のような愚痴が流れ出て止まらない。食事の間中、終わってもお仲間の人たちを引き留めたまま同じ愚痴が止まらない。「わしは息子と嫁に騙されてこんなところに捨てられてしもうた。もう生き過ぎた。死んでしまいたい。息子が入院するで一晩泊まってこいと言われたのに、何の支度もしてこなかった。ちゃんと言ってくれれば自分であれもこれも支度したのに・・・etc」 しばらくして自室に帰りたいという入居者が引き取ってしまい独りになったK婆様、やっと腰を上げ自室にご案内し夕ケアをお手伝いし、パジャマに着替えて(いつの間にこんなもの持ってきたのかと怒りつつ)ベッドに入られた。  さぞかし一人ぼっちで眠ることもままならない夜を過ごされた事であろうと、家族とのコミュニケーションの行き違いで身の置き所もない状態で苦しんでいるのを見ながら、悠々スタッフとしてもどうしようもなく共に苦しむ4日間が続いた。 その4日間、入居者の婆様達は、入れ代わり立ち代わり食事やお茶の際に、繰り返される同じ愚痴を聞き続けていた。ほんとうにすごいのは、この入居者のお婆様たち4人の優しさである。「ふんふん、そうかそうか」と自分のことのように共感している。みんな苦労してここまで生きてきた、そして現在は納得しているけれど、自分も入居当時は、なんで自分だけが住み慣れた自宅からこんなところに捨てられなければならないのかと思っていた同志だったからなのであろうか・・・。 しかしKさんの滝の流れのような愚痴の繰り返しは止まらない。入居者の血圧が揃って上がってきたのだ、ここで止めなければ大変なことになるとセンター長は息子の携帯電話に連絡し来所を促した。「ご本人が『息子と嫁に捨てられた。死んでしまいたい』といって苦しまれています。そのKさんの愚痴を聞いてあげている入居者の血圧が上がってきて危ない状態になっていますので、大変でしょうがぜひご本人を納得させるためにもう一度お話を(本当のことを)してあげて下さい」と告げた。来所した長男は、自室で二人きりになると途端に怒鳴り声になって来たので、センター長として介入させてもらうことになった。

 本田「先ほど、お嫁さんが入院し大変な手術をしたところだとお伺いしました。その付き添い等でゆっくりお母さんと話が出来なかった経緯についてお話を聞かせてあげてください」

 長男「本当は、自分ではなく、嫁が癌で入院し、昨日手術したところなんだ。御婆さんには心配かけたくなかったので、自分が入院するといって、その間ちょこっと悠々に面倒を見てもらうつもりだったんだ」

 K婆様「なんだ、お前じゃなくて嫁か、嫁がそんなことになっていたとは知らなんだ。そんなことならちゃんと訳を話してくれたら、わしだってこんなに大騒ぎしなくて済んだのに。そうか嫁がそんなに悪かったのか・・・」

長男はそれまでの嫁姑関係から、嫁のために我慢することはない姑であろうと判断し、自分(長男)が入院することになったからという理由で、99歳の要支援(認知症重度/性格的に独立心旺盛)のお婆様を悠々に短期入居を依頼されたということであった。

 その期を境にして、愚痴はピタッと止まった。賢いK婆様は本領を発揮され「こんなことなら自分が変わってやりたかった。100まで生きていることはない。わしが変わって死んでやりたい」と落ち込んでいた。

 どの時代でも難しいと言われる嫁姑関係、しかしそこが家族というものであろうか。実は嫁の身を案じて落ち込むほどの愛を隠していたということなのであろう。

 翌日からのK婆様、想像もできないほどの穏やかなお顔をして、ずーっと前から常連の入居者であったかのように、混じって落ち着かれた。皆で食べる食事が美味しいという。スタッフとのやり取りも平安である。

 約1ヶ月のお嫁さんの退院と入れ替わって、K婆様は念願の自宅に帰られ、入れ替わりにその個室には術後のお嫁さんが療養のために入居なさることが決まった。

 「そんなことができるなんて、知りませんでした。家族がどれほど助かるかわかりません。よろしくお願いいたします」と帰途に着かれた。一つの家族の難事に悠々が少しだけお手伝いできることが嬉しい。

   

コメント
前段では、悠々周辺の初秋の風景が目に浮かび、なつかしい気持ちになります。
 今回のお話は、ドラマを見ているようにシーンが浮かんできました。次々に展開する筋を追いながら、登場人物を思い描いています。
 本当の事情を告げられたおばあさまの変化は素敵だと思います。そういう筋書きになった本田さんの対応
が良かったのですね。
「実は嫁の身を案じて落ち込むほどの愛を隠していたということなのであろう。」というおばあさまの心根に共感を覚えます。
  • 加藤充子
  • 2019/09/08 11:50 AM
加藤さん 一昨日悠々の名物でもあったペットの老犬(17歳)が息を引き取りました。しばしの間お婆様たちもお茶の時に話題に乗りましたが、私は17年間の腕に抱え胸に抱いて寝た日々が忘れられなくて、身の置きどころがなくています。長い間ブログどころではなかった理由です。乳癌、子宮がん、すい臓がん、最後には脳に転移して、てんかん発作のような痙攣に苦しみながら亡くなりました。その間、それでも夕方になると私の帰りを待って、ずっと裏の通用口で座り「ウォ−」と泣いていたという話が胸を締め付けて、自分の我儘な人生がこの子を苦しめていたことを思って泣きます。
  • 本田玖美子
  • 2019/09/11 6:30 AM
本田さん、私は出前映画の時に、本田さんが愛犬を大切に大切に胸に抱いていた姿が目に浮かびます。あの時も、確か、本田さんの姿を追い求めていなくなってしまったワンちゃんんを本田さんは探しに行ってましたね。私の記憶違いでなければ。
 本田さんとワンちゃんの愛情深い、深い絆を感じていました。大切に抱きかかえていた本田さんの姿が今も目に浮かびます。精一杯愛情を注いだ本田さんが、「自分の我儘な人生がこの子を苦しめていたことを思って泣きます。」という文言に、私もつらいですが、ワンちゃんの命にできる限り寄り添いたいと願っていた本田さんの気持ちを私は痛いように感じています。
  • 加藤充子
  • 2019/09/11 6:26 PM
加藤さん 優しい心を届けてくださって有難う。貴方のメッセージを見てまたまた涙がとまりません。
 でも今日も朝ケアから始まります。さあ頑張るぞ!
  • 本田玖美子
  • 2019/09/12 5:22 AM
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