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風の谷〜泰阜村    
   悠々の春

 悠々の周りの山里が春に突入した!お茶の時間の話題は、蕗の薹が裏のNさんの斜面に見事に生え揃っているよ。土筆がNさんの田んぼのぼた(土手)に芽を出していたよ。「土筆はきんぴらにして食べると美味しいよ」というセンター長に、お婆様たちが声を揃えて「ありゃ草だに、あんなもん食べりゃせん」、「じゃ、今度土筆のきんぴらを食卓に出しましょう!」とかしましい。

 ある日安曇野に住む友人からびっくりするような便りが届いた。

 悠々の年寄りたちに有名な映画監督が「出前映画」を上映するために、悠々を訪れてくれるらしいとの情報である。そこで90代のかしまし婆様たちに、「ねぇ、貴方たちはどんな映画を見たいのかね〜」と振ると、「わし等が若いころは温田駅まで歩いていってそこから飯田線で1時間も電車に揺られ、そこからまた飯田の街中の映画館まで歩いて行って、映画を見るのが一番の楽しみだった。」という。みんな口々に「青い山脈を見たね〜」、「わしは愛染かつらを見たよ」みんな声を揃えて歌いだした。「花も嵐も、海超えて〜♫♪」この年寄りたちだって青春歌は歌えるのだ。それからというものだれかが「愛染かつら」の主題歌を口ずさむと、一斉に声を合わせて歌いだす・・・。実は重度の認知症を疑われているお婆様も含まれている。

 「若いころは歌が好きで、こんな歌をよく歌っていたよ。いつもいつも口ずさんでいたよ」と述懐する。

 聞くところによると、デイ・サービスで歌わされる歌は、あまり歌いたくない歌だ」と言い張る。

最近入所したTお婆様は読書が趣味で、本屋大賞を取って有名になった葉室麟さんのフアンだということで、悠々図書コーナーを座りこんで覗いていた。葉室さんの最新作を捜し出して大喜びで、早速お部屋にこもって読みふけっている姿を目撃した。単身独居の身、認知症を疑われて親族に入居を勧められたのだが、彼女にはこんな能力も隠れ持っていることを誰も知らなかったらしい。

 「私は悠々に来てよかった」とため息のように呟かれる92歳の婆様、幸せをちょっぴり見つけられてよかった。

 

 

 

 

風の谷〜泰阜村
  春〜悠々始動!

 わが庭の椿が毎日ピンクの花を咲かせ、ご近所の蕗の薹がみごとに生え揃い、昨日の晩御飯には蕗の薹のてんぷらがのった。

白梅も紅梅も真っ盛りの泰阜の山里は、家々の庭の花々が咲きそろう。

 悠々の入居者は6名、新顔の80代のIさんも90代の4名の御ばあちゃまたちのおしゃべりに圧倒気味である。

 最近、この御ばあちゃまたちは夕食後のひと時を皆の共通の記憶をたどって、昔はこうだったああだったなぁ、といって憩っているようになった。穏やかな時間がゆっくりと過ぎて行って、あれほど家を恋しがったお年寄りが、わしはここでいい、もうどこにも行かん」と言って落ちついて過ごすようになった。 

 そして今日のお茶で90代の1さんが昔の歌を歌いだした。皆は耳を傾けながら「そうだった。そうだった。」と言い合った。

 その歌、今は遠い昔の泰阜村の穏やかな営みが映し出されるような村歌だった。

 

 田本の町の鎮まれば、福寿の寺の鐘が鳴る

 冬 梨久保に炭焼けば、大畑文化の中心地

 秋の温田は稲を刈る、こんにゃくの豊かな漆平野

 我科ノ水に野菜もの、栃城山に板をヘグ

 南信濃の泰阜は、北は下条左京坂

 南上原平石、涌き立つ雲は紺色に、

 竜田の橋に霜降れば、紅葉は筏に散りかかる。

 

 なつかしく、そして見事な歌である。

風の谷〜泰阜村   
  過疎山村の暖冬に思う

 暖冬に、もう白梅・紅梅が満開で泰阜村民の眉間に皺が寄る。雪の極端に少なかったこの冬、南信州の里山に住む民たちは、皆この夏の渇水が心配でたまらない。

 去年も小さな小競り合いはあった。自分の田に井水(奥山の湧き水から先人たちが手掘りで造った灌漑用水路)の水の分配は、昔のまま時間で区切って仕切り板でそれぞれの田畑に水を引くやり方を守っている。ある夜こっそりとその仕切り板を動かし、自分の田に水を引き込んでいるお年寄りが、夜間の警戒の網に引っ掛かり大騒動となることがあった。昔は命のやり取りがあったと噂されている事態である。

 昨年は台風や大雨の被害が続きニュースにはならないが、この井水の擁壁もあちこちで崩れ、その補修費をこの集落に住民票を置くすべての住民に年間千円の負担金がかかることになった。この村の田畑はそれを受け継ぐ年寄りたちの高齢化が進み、耕作放棄地が増加している。80代90代の年寄りたちが胸を掻き毟られるような思いを抱きながら、荒れ果てていく自分の田畑を見ながら、平均7,8万円の年金から井水保存のための維持費を千円/年支払い続けるのはどれほどの苦渋を感じていることかと思う。

 我ら泰阜村民は決して金持ちではない。国の7割を占めるという過疎山村の高齢化は大都会住民の想像を絶するものがある。その民たち(僅かな年金で暮らしている年寄りたち)が、日本の国の命の鍵を握る大切な森を守り、水を守っていることは、あまり気にされていないように思う。

 その上に私たちは赤十字(赤い羽根)募金、緑の羽根募金、PTA会費、社会福祉協議会募金、交通安全協議会費etc、そして今回は井水管理会費である。この村には年金2,3万円/月で暮らしている単身独居の超高齢者も決して少ないとは言えない割合で存在している。「差別に当たる」として、その人たちからこの殆ど強制的な募金を免除することはしない、ことになったそうである。

 ある調査でこの村では生活保護を受けている人が極端に少ないことが判明した。それは、殆どのお年寄りが自分の葬式のためにわずかながら貯金を確保しているからである。近頃は厳冬の冬、夏の盆近くにお年寄りが亡くなることが多い。それは月平均2,3件はあり、その度に香典(2,3千円)を包んで参列するのが仕来たりとなっている。その時にはご馳走を頂き、貴重な栄養補給の機会となっている傾向がある。その恩恵を頂きながら「自分の時はお金がないのでできません」と言う不義理は決して許されないことだと思っているということを耳にしている。

 お世話になった人々に人生のお別れの時にお礼をするというのが、この山国に住む年寄りの慣習である。

といってこの村の維持に直接係るとは思えない諸分担金を、この高齢者たちに強制的に負担させるのは如何なものかと申し出たところ、やはりいろいろな圧力を感じる機会に遭遇するようになった。

 小さなことである。その上自分のことを言ったわけではない。弱い人々をそっと配慮するという美しい習慣がこの村にはあったではないか。私はそこに惚れてこの村に移住し40年経った。だんだん優しい思いやりが当たり前の世代が年を取り、声が出しにくくなってきて、この村も都会的な考えの人々が力を握るようになったのではないか・・・と春になり思った事であった。

 

風の谷〜泰阜村   
 立春〜悠々の新しい入居者たち

 立春 まるで昨日までの雪の日々が嘘のように、今朝のこの暖かさは何だろう。雪の下からもう黄緑の小さな芽が枯れ葉の下から覗いている。もう春が来たのだと実感する。悠々もこのところ「春が来るまで」とショートステイのお年寄りを二人お迎えしていたが、今日はまた新たな永住入居のお年寄りをお迎えすることになった。

 ずっと独居で頑張ってきたお年寄りが、インフルエンザになり気を失っていたところをご近所さんに発見され、緊急入院したあとの療養をと頼まれてお引き受けした。悠々では近年一人もインフルエンザに罹ったお年寄りが居ない。きめ細やかな栄養管理と、往診をお願いしているかかりつけ医との連携で、皆揃って元気であることが一つの自慢である。

 優秀なケアスタッフの退職という難問を抱えたままであるが、取り合えず春からは4人の永住入居のお年寄りの面倒を基本的には私が看ると腹を据えて・・・(目が据わっているかも)いる。

 10年前開所当時は凄まじい状態(介護スタッフ0人に対し、ショートステイや、療養入居数人を、賄いも含めて理事長一人で乗り切る)でオープンしたものであったが、その時のことを思うと、まず私自身がすべての作業に慣れている。賄いのお兄さんがとりあえず一人いる(しかし、週2日は休日)ので、随分助かることになる。追加で週1の悠々91坪の施設内清掃を空き時間?(おそらく私の休憩時間)に実施!・・・やれるだろうか、やらねばなるまい。大切なお年寄りたちが、「こんな幸せでいいのだろうか、私は生まれてきて初めてこんな幸せを頂いた!」と私の目をじっと見て言うお年寄りを抱えて、やらねばなるまい。

 ご縁で4人の家族を抱えて嫁が(ちょっと年寄りだけど・・・)やらねばなるまいと思った立春の日でした。

以上、近況報告。(3月末までは最高のスタッフが健在です)

風の谷〜泰阜村   
    新しい入居者

 松飾りが取れた新年の玄関から、悠々にとっては久しぶりの男性入居者が現れた。お優しい妹たち二人にお世話をされ、脳梗塞の後遺症で軽い右片麻痺のお体をゆっくりと運ばれ、暖かな悠々の東のお部屋に入られた。妹たちにすべての荷物の片づけを任せ、ゆったりと指示を出している姿を拝見しながら、「はぁ、大変なお殿様をお引き受けしてしまったな〜」と感じた。その晩の夕食の席で、長い間の独居生活を問わず語りに話されたところによると、「若かかったころは東京や大阪、名古屋で、酒と女と博打三昧だった・・・etc.」その結果30年以上も糖尿病を患っているのだという。

 さて、今のところ悠々は、スタッフも含めて女ばかりである。しかも入居の婆様たちは90代(母親世代)、スタッフも70代(兄弟・姉妹世代)、60代、40代(子供世代)と、見知った家族構成であった。

 それもあるのか、ご性格なのか、お茶の時間、お食事の時間、まるでずっと前からお仲間だったようにおしゃべりに溶け込んでいる。若かったころの放蕩三昧のお話がでてくると、「ホンにおまさんはバカ息子だったなぁ。」と94歳の隣席の婆様に叱られると、「本当だな」と反省する。そのやりとりを見て、みんな笑顔になる。昨夕の食事の席で94歳の婆様が、手付かずのエビフライ2匹をそとすすめながら、「おまえさんが良ければ、手を付けておらんでこれも食え」と皿をそっとすすめられると私たちスタッフの顔を見ながら「よかったらどうぞ」と言われ、「エビフライは大好きなんだ」といってぺろりと食べたが・・・。問題はそれから起こった。「ばあさん、部屋にいっぱいあるパンをやるから食うかね」と言い出して、スタッフをギョギョギョとさせた。

「え〜!お部屋にパンがしまってあるのですか?それをお食事の合間に食べているの?」「・・・・・、家ではいつもパンを食べていたので持ってきた。クロワッサンの美味しいやつ」「ちょっと待ってくださいね。この悠々では、三度のお食事と10時と3時のおやつ以外はだれも食べ物を口には入れないことになっているの。その理由は、どの食材をどのくらい食べたかをチェックして、健康管理に気を付けています。だからお部屋で自分勝手にお食事の追加をすることは、原則的に禁じられています。いいでしょうか?その持参してきたパンは、こちらに出してくださいね。パンが欲しかったら、ご飯をやめてパンにしましょうか?」

「いいや、ここのご飯はおいしいからごはんでいい」となって一件落着となった。

 彼は30年以上も糖尿病を患い、インシュリン自己注を10年間も続けているという。

 脳梗塞を患ったのもこの好き勝手な食生活にあるのかもしれない。これから食事管理を彼に納得してもらいながら気を付けなければ・・・とあらたな課題を背負った次第であった。

 


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