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風の谷〜泰阜村   
   秋深し・・・悠々も秋日和

 泰阜の里山に秋の七草が乱れ咲き、山里が最も美しい季節を迎えている。観光客など無関係のこの村にも松茸大量の噂は飛び込み、先日頂いた貴重な松茸ご飯を堪能した。今年は栗の実が豊作で栗ご飯が3回、栗の渋皮煮も3回、香茸の炊き込みご飯等々堪能した。

 悠々の婆ちゃんたちもニコニコ顔で・・・(でも秋なら当たり前というお顔)若いころはご自分の手でさぞかしご自慢料理を炊かれたのだろう。随分前には、秋祭りに区長さんがお菓子の代わりに松茸を包んで盛大に境内に撒いたのだそうな。

 里山の道端に秋の花々が乱れ咲いて、その中を車で走りながら、こんな美しい景色に包まれて、この村の人々は幸せなのだと実感する。2007年の泰阜村悉皆調査、続く2014年の追跡調査にも表れているが、この村の年寄りは関節があちこち痛いのだけれど、幸せだと感じている人が多いと出た。お金はご存知国民年金5万円(男性)、残された多くの御婆ちゃんたちは福祉年金3万円orお父ちゃんの残した遺族年金をこれも3万円ぐらい・・・。それでも春には山野草、秋には豊富な茸や木の実を食べ、庭先で作った野菜を食べて幸せな笑顔を見せる。こんな大自然の営みに包まれて、そんなに孤独に苦しんでいる人は少ない。理由は、田畑の手入れに忙しい事、自然の恵みの探索に忙しいからだという。この村が、送迎付きでワッセワッセと催すお祭り騒ぎに時々覗きに行って、久しぶりに出会うお年寄りどうしのおしゃべりで十分に幸せなのだという。「自分は嫁に来てから60年、70年住み続けてきた家が好き、自分が過ごした村が好き、わしはどこにも行きたくない。」とだれもが口をそろえて言う。「だけど、人生の最後に悠々に来て、こんな暮らしができるとは思わんかった。わしは最後までここで暮らす。こんな幸せもいいもんだとわかった」という。

 「先生あんたはね、自分の事を忘れているで、少しは自分の事も考えてやらにゃいかんよ。自分の辛いのは自分しかわからんだで、少しは手加減せないかんだに・・・」

 じっと私の目を見つめ、真剣な顔をして、まるで本当の母親のような口調で言われた。「おかあさん!」と言いそうになった。こんな嬉しい事、涙が出そうになった。悠々の一日・・・

風の谷〜泰阜村     
   悠々指定管理者更新!

 昨日は「地域交流センター悠々」指定管理者の10年間の契約最終日であった。泰阜村は公募し、私たちは再応募し回答を待った。しかし明日は土曜日で役場のお仕事はお休みに入るというのに、何の連絡も頂けず、ヤキモキしながら役場の福祉係長にお電話を入れた。「私たちはこの悠々にこのまま居ってよろしいのでしょうか?」「ああそうでした。今日の議会で悠々に継続委託が承認されましたので、そのまま事業継続してください」

 本当はお電話が欲しかった。総会が例年通りなら11月開催で、準備に入らなければならないし、会場もどこにしようかと迷い、さて来年どこに引っ越すのかと、お年寄り達を抱えて苦しんだ。

 これからもこの指定管理者制度にコントロールされ、国の補助金で確保したこの建物をいつか追い出されることがあるのだと知った。あの有名な旧鷹巣町も最終的に町が指定管理者期間を3年と定め、日本で初めてのチャレンジであった「ふくしのまち」構想が消滅したのであった。その後を知っている実践家としての私たちは、そこを利用していたお年寄りを思って心が掻き毟られるほど痛んだ。悠々のお年寄りたちが、「わしは本当に幸せだで、先生」「わしを死ぬまでここにおいてくれるかね」という願いに、「いいんですよ、最後まで私たちと一緒にゆっくりと暮らしましょうね。至らぬ私たちですが、お世話をさせてくださいね」と繰り返したばかりであった。

 お年寄りの幸せは建物だけではない。「スタッフが心暖かく寄り添って、できる限りのことをしてくれる。いつも一緒にご飯を食べ、10時と3時のお茶をしながら家族のような取り留めもないおしゃべりをして一日を過ごす。これ以上の幸せはいらんのだに」とじっと私の目を見ながら、昨日もお年寄りに言われたっけ・・・。

 時間通りに必要だとケアプランに決められたことをこなすことが、お年寄りの幸せにはつながらないのだと聞かされたのだった。昨日、悠々はもう5年間の時間を頂いた。この新たな期間を頂いて挑戦したいことがある。

 あるお方に「入居費用が月額8万円ぐらいなら多くの村民が入れると思う」と言われた。次の5年間で入居費8万円まで下げたい!さあどうするか、理事長⁉

 理事長は無給、理事たちも役員報酬は返還、スタッフの給料はベテラン看護師も保育士さんも、調理師さんも非常勤スタッフ(看護師さんもいる)も同じ給料である。そしてたいてい手取りは平均月額13万円程度になる。

 みなさん!信じられますか?我がスタッフは、この低額賃金で日本一と言われている過酷なケアを続けたのです。9年間もです。

(理事たち役員は10年間)これが奇跡と言わずして何というのでしょうか。この人たちを簡単にこの世から消していいのでしょうか。

 人間の尊厳を守るケアとは、「当事者ご本人が幸せです。生きていてよかった。悠々に出会えてよかった」というケアではないかと思うのですが、現在の入居料月額15万5千円の大半は、電気ガス水道料の公共料金と法人税や社会保険料やその他の諸経費に消えてしまうのです。私たち役員は無給ですので、これ以上どこからも削ることはかないません。

 最近、小規模多機能の企業がたくさん現れてきましたが、介護保険を導入したとたん様々な規制(規則)が入って縛られるのです。お年寄りが笑顔になって、「生きていてよかった」といえるような最後を迎える事は不可能になっているのがこの10年で証明されました。さて皆様のお知恵を頂けたら嬉しいです。これからの5年間の時間を共有したいです。人は必ず老い、病に倒れ、死ぬのですから・・・

風の谷〜泰阜村
癌のターミナルケアを共にして

 悠々のケアには、介護保険指定事業所でにはないメリットとして、癌のターミナルを家族と共に最後まで看取るという特別な支援がある。値段は同じ1泊3食(特別手作り食付き)ケア付き5千円。そのような場合でも高いか安いかを考えてこなかった。これまでにスタッフを一人、悠々の理事さんを二人、神奈川県から「悠々で死にたい」と言って介護タクシーで飛び込んでいらした方お一人をお引き受けした。最近は抗がん剤治療は通院で行う。泰阜村は山奥なので、治療のために片道1時間の山道を毎日通院できる人は少ないと思う。ステージが重くなってくると、体力的に到底自分では運転できなくなる。しかし家族(妻)が運転免許を持っていない場合、タクシーで片道1万円弱を往復は払えない。この過疎山村でそれも引き受けなければ命の保障はない。精神的に追い詰められた家族ごと引き受けて、個室にて療養が始まる。最近、悠々のケアスタッフに看護師がいること、顧問医師が絶えず相談に乗ってくれていること、病院のケア記録に準じて毎日24時間の詳細な記録を取り、それを通院時に提出する事等で、主治医から信頼を得られた場合、内服用の麻薬鎮痛剤の治療をお任せいただける場合もあった。その最後は壮絶であった。妻一人では到底耐えられる場面ではなかったと思う。私たちは全力を尽くして協力し、本人と家族をサポートした。その時私たちはもう家族であった。

 同級生のお一人がお見舞いに伺ったとき、「悠々があってよかった」と言っていたと聞いた。

振り返れば最後の闘病と言えるのは短い時間であったが、あまりにも重くとても家族だけで看取るなどということは無理なことと実感した。

問題は、この凄まじい闘病が、病院ではなく自宅で家族に任せられる現在の医療体制である。先日、「昔はよかったよね〜」という話になった。ベットの下に四半畳のコロのついたベットらしきものがあって、夜になると家族がベッドの下からそれを引き出して横になり、オムツの交換やら、清拭やら、着替えやら、食事の介助などをやっていたものだった。家族は交代で病院に詰め、病人と共に病状の進行に一喜一憂して最後を迎えたものであった。病院の医師や看護師に見守られているという安心感があった。これに代わるものが今の治療体制にはないことになる。本人も自宅で子供たちや親戚の人々があれが効く、これが良いと言われるものを何でもかんでも試し食し、内服し、次の治療開始のための検査時には腎臓が悪くなっていたり、血液の状態が悪化していたりして治療が進まないこともあった。

 悠々があってよかったと私も思う。本当の住民のニーズはその時の医療・福祉体制からは零れ落ちてしまうものなのだと知ったからである。この貧しく弱った家族から、これ以上のお金を採れない・・・、これが悠々の問題点である。

 日本の医療と福祉が、その利潤追求のために切り捨てたものは、実は貧しい人々の命なのではないかと感じた。

風の谷〜泰阜村      
   台風一過とお年寄り達

 9月5日、大型台風の泰阜村直撃を免れたものの、その夕は賄いさんを早々に帰し、ヘルパーさんも夕食後のケア後には早々に自宅に帰した。泰阜村の外れから出勤予定の宿直Ma.さんにも、出勤途中に何があるかわからないのでと自宅待機を指示し、その夜は、我が理事長(単身なので)がペットとともに避難準備をリュックに整えて宿直交代することになった。

 強風の荒れ狂う音の最中、各入居者の様子を確認し、停電時には各部屋に置くランタン、食料、水を確認し、TV画面に見入っていた。深夜巡回ヘルパーの訪問が定時になっても来ないことを確認し、要介護4のMaさんのおむつ交換に入った。その後巡回ヘルパーさんが訪問され、驚いて「この台風の最中、危険なので来られないかと思いましたので、代わりにやっておきましたが・・・」

「いえどのようなことがあっても、上からの指示がない限り、私たちはなすべきことをせねばなりません」

「う〜ん、真っ暗な山道には突然の倒木、土砂崩れがありましたよ、真っ暗な道の陥没の中に落ちる可能性がありますよ、もうここでやめてください。」

「いえいえ、まだこの後3軒ありますので、お年寄りが待っていますので・・・」

 ただただ頭が下がった。泰阜村の在宅福祉は、このような献身的なヘルパーさんの心意気に支えられているのだ。ありがたいことである。悠々のお年寄りたちは、理事長が泊まるというのでちょっとだけ嬉しそうな顔をしていた。まるで母さんが傍にいてくれる子供のような顔をして眠りについていた。

 その夜が明け、泰阜村でも各地で土砂崩れのため通行止め、倒木のための停電、電話線の断線などが相次ぎ、村の建設係の青年たちが、車で走り回っているのに出会った。あ〜、この方たちも昨夜から村中の山道を走り回りながら、村民の安否を確かめていたのだと、改めて住民の安全と安心のために働く人たちに私たちが支えられているのだと知った。

 この村の山奥に住む、独り暮らしのお年寄りたちの不安に思いをはせながら、天に祈った。

 「どうぞこの村の・・・、全国の人たちの安全が守られますようにと」 

風の谷〜泰阜村    
  キャリアデー(地元の子供たちの職場体験)の一日

 台風の最中、地元の中学生の「キャリアデー」と呼ばれる職場体験学習が3日間行われた.緊張でカチカチになった中学2年生、90歳を過ぎたお年寄りと話をしたのは初めてだと言う.そして90歳を過ぎても元気なお年寄りを始めてみたという.

 悠々では、初日に自己紹介をかねてお年寄りの各個室を訪問し、お話を聞くという仕事を与えられる.今回のテーマは「昔、若かったころどんな暮らしをしていたのですか?」とお尋ねすることになった.

 そこで子供たちは想像もしなかったようなこの村の過疎山村の子供時代、どのようなものを食べ(桑の実がおやつだったなど)、どのような歌をうたい、どのようなことが辛かったかについて聞いた.

 この村にまだ県道がなく橋もなく、トンネルもなく、ひたすら急坂な山の崖路を伝い歩いて尋常小学校に通ったこと.遠いお店にお使いに出されて暗くなった時、山道で動物の鳴き声に震え上がったこと.近くに動物のごそごそという物音に腰が抜けて、それはそれは恐ろしかったこと・・・を昔語りに聞かされていた.

 一人の御婆ちゃんからは鋭い問いを頂いた.

「あんたたちは、将来大きくなったら何になりたいのかね」.

T.S.さん「このような人のお世話をするような仕事をしたいです.」S.K.君「まだわからないです.」

 「そうかね、そうかね.このような年寄りのとこに行くときには、歌の一つも歌えにゃいかんだに.わしが昔入院していた時、若い看護師さんがいてな、癌で亡くなる前にその年寄りの傍で北国の春を歌ってやってな、その年寄りも一緒に歌ってな.こんな嬉しいことはないと泣いておったで・・・」

 帰るまでその子たちは悠々の年寄りの前で歌をうたえなかったけれど、帰りには、お礼にと言ってゼリーのおやつを作って食べさせていた。年寄りたちはどんな立派なおやつより、この子供たちの心配りが嬉しいと喜んだ.

 帰途、別れを惜しんでいるお年寄り達を見て、このように子供たちと日常的に触れ合える機会に飢えているのだと感じて、過疎の村の少子高齢化の厳しさを知ったのであった.

 理事長「また、機会があったら遊びに来てね」「はあ〜い!」元気な声を皆で見送って・・・

ひ孫が帰るような気持ちを味わったことであった。

 


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