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風の谷〜泰阜村
第12回通常総会…「悠々」存立の意義を問われて

 アルプスに白い冠雪、山里に真っ赤な枝垂れ柿の立ち姿、悠々にも初霜が降り初冬の風景に鎮まった。

今年の秋は大雨で運動会が中止だったり、悠々が緊急避難所になったり、近隣でたくさんの身近なお年寄りの諜報を聞かぬ日はなかった。残されたお年寄りたちの背に荒れた山々の整備作業が重く圧し掛かってきた重い空気の中で、悠々第12回の総会があと2週に迫った。10年前64名在籍した組合員の方々は皆高齢になり、それぞれ病み、亡くなり、そして入所されていた。

 この4月からは常勤スタッフ3人(センター長/週7,ヘルパー1/週5,賄い1/週5.5)と、非常勤スタッフ2人(Ns.1/週1半日,ヘルパー1/週1)宿直2人(空いた穴は理事で穴埋め)で永住入居者5人(90代4人,80代1人:要介護5/1,要介護4/1,要介護1/2,要支援1)身体介護軽度の二人は重度の認知症を抱えている。時々短期入居の方をお受けする。

 このスタッフで、毎日掃除と整備(建坪92坪/敷地1500坪)、洗濯(毎日便尿で汚れた衣類寝具の大洗濯がある)、日に2回のお茶タイムと3食の賄いさん手作りの食事を提供している。

 毎日入れ替わり立ち代わりご近所さんが顔を見せ、新鮮なお野菜や果物を届けていただき、ご家族からはあちこちからの甘いお土産が届けられる。傍で見ていても幸せそうだとわかる。本人たちも「こんな幸せな日が来るなんて、考えてもおらなんだ」と口々にいう。その笑顔と穏やかさにほだされて、ここまでやって来た。そしてわかったことがある。お年寄りの幸せにはいろいろな「催し物」は落ち着かないのだと。いつも家に居たらそうやって暮らしていただろう・・・という生活が、ここ悠々にはある。生活の継続性が悠々の信条である。

 入居者本人たちは幸せで、スタッフもゆったりと幸せに働いている。特別なことをするわけではない。家に居たらそうするであろうことをケアしているにすぎないからである。

 何が間違っているのか。第一の最大の問題は慢性的な赤字経営である。食堂が専門の賄いを雇って1食(入居者@440円,スタッフ@300円,一般@500円)が問題。しかし年寄りとスタッフの唯一の楽しみは食べる事なので、粗末な冷凍総菜をレンジでチンしたものでは耐えられないというのが第一の誘因ではある。しかしこんな人でなしのような食べ物では年寄りが幸せにならない。働く私たちも幸せと働く甲斐がない。

 第2は係る経費に対して入居費が10年前と同じ一日5千円というのが間違いではある。その上消費税が上がった。儲けはなくても経費とトントンになるにはいくらもらったらいいのか。

 第3は、この事業を始めるにあたって、国交省のM専門官から「視察経費(資料込み)は一人@1万円貰うように」とアドバイス頂いたにもかかわらず、当初の山ほど押しかけていただいた視察(同じ福祉を志す仲間と感じた)訪問者からは、(平均1時間ぐらいの説明と施設案内)経費として「えぇ!私たちとてもそんなお金払えません」と拒否され(来てやったのに・・・とのお声が感じられたが)、資料代として2千円が千円になり、ここ数年は資料(パンフレットと写真集@2500円)をプレゼントするようになった。

 某県副知事の視察の際にも、「すみません、当方は民間経営で視察の資料代として2千円頂いているのですが・・・」とおそるおそる伝えると「そんなこと前代未聞です。今までそんな施設には一度もあった事がないが・・・」と言われたが、当方が引き下がらないと知ると、しぶしぶお二人分(副知事と付き添いの方)4000円を頂いたという経緯がある。

 北欧スェーデン、デンマークの視察の際には、1人一施設1万円を要求されたものであった。そのように学び日本になじむ形で研究した成果であって、何必劣るものはないと思っている。

 このように挙げればきりがないほどに、自信喪失が続き、現在まで引きずってしまったということである。

ほんに、理事長失格であった。

 今日も朝ケアに出かける。お年寄り達が「私を見送ってくれよな」と訴える眼差しに曳かれて、今日も頑張る。

あと10日で第12回総会が開かれる。新しい血が加わりますように、新しい若者に参加をと祈りながら今日も頑張る!!

 

風の谷〜泰阜村    
   99歳お婆様「悠々」入居顛末

 山里の朝晩はぐっと冷え込み、長袖上着をそっと羽織りたい気分がする。我が家の猫の額ほどの庭にも秋桜が咲き、秋明菊が咲き、山椒が赤い実をつけ紫式部が小さな花をつけた。山道には一斉にススキの白い穂波がゆれて、もう秋なのだと心嬉しくなる。  さて9月1日に約束の99歳要支援1のお婆様がご家族に連れてこられた。99歳なのにT杖1本で歩かれている(立ち上がりに手すりが必要)。玄関にお迎えに出てびっくりしてしまった。しかし入口に入られて玄関の椅子に座られたまま婆様はそこから1歩も動かない。頑として動かない。  その様子を見て話を聞いた。「どこに連れてこられるのかと思ったら、こんな泰阜の山奥にどんどん連れ込まれて『ここだよばあちゃん。しばらくここに入って居れ』と言われた。わしは家では何でもできる。飯を炊いてもらう以外なにも世話をかけていないのに、なんでわしがこんなところに捨てられにゃいかんのだ」とおっしゃる。そうか御尤もと思い「Kさん、ここは民宿でちょっとの間泊まるお宿なんよ。施設ではないので、ご家族の用事がすんだらすぐに家に帰れるんだに」と伝えるが、「わしはこんなところに捨てられるほど耄碌してない」と言い張る。確かに他の普通の婆様とは雲泥の差の身体能力ではある。その上おっしゃることに一応筋が通っている。その上ご家族はこのお婆様に、嫁が癌の転移で手術をするために入院するということを伝えていないらしい。家に残るは男所帯(長男70代病弱、男孫40代)で婆様一人を家においてはおけないという心情もある。  このやり取りをみて判断したセンター長、「悠々は牢獄でもなく入所施設でもないので、ご本人の納得なしに御受け入れできません。申し訳ありませんが、ご本人を納得させてからもう一度お連れ下さい。」と伝え、一旦自宅に引き取っていただいた。

 さて1時間ほどして今度は孫(たまたま日曜日で家に居た)が強引に連れてきたらしい。さっきとは打って変わってしょんぼりとした婆様が孫の後ろについてきた。何と言い聞かされたのか不明である。たまたま悠々は夕食で、当然夕食テーブルに案内され皆に「お世話になります。よろしくお願いいたします」と頭を下げ、食事を食べ始めたのを見て、孫はさっと引き上げてしまった。孫の姿が見えなくなったとたんに、婆様の口から雪崩のような愚痴が流れ出て止まらない。食事の間中、終わってもお仲間の人たちを引き留めたまま同じ愚痴が止まらない。「わしは息子と嫁に騙されてこんなところに捨てられてしもうた。もう生き過ぎた。死んでしまいたい。息子が入院するで一晩泊まってこいと言われたのに、何の支度もしてこなかった。ちゃんと言ってくれれば自分であれもこれも支度したのに・・・etc」 しばらくして自室に帰りたいという入居者が引き取ってしまい独りになったK婆様、やっと腰を上げ自室にご案内し夕ケアをお手伝いし、パジャマに着替えて(いつの間にこんなもの持ってきたのかと怒りつつ)ベッドに入られた。  さぞかし一人ぼっちで眠ることもままならない夜を過ごされた事であろうと、家族とのコミュニケーションの行き違いで身の置き所もない状態で苦しんでいるのを見ながら、悠々スタッフとしてもどうしようもなく共に苦しむ4日間が続いた。 その4日間、入居者の婆様達は、入れ代わり立ち代わり食事やお茶の際に、繰り返される同じ愚痴を聞き続けていた。ほんとうにすごいのは、この入居者のお婆様たち4人の優しさである。「ふんふん、そうかそうか」と自分のことのように共感している。みんな苦労してここまで生きてきた、そして現在は納得しているけれど、自分も入居当時は、なんで自分だけが住み慣れた自宅からこんなところに捨てられなければならないのかと思っていた同志だったからなのであろうか・・・。 しかしKさんの滝の流れのような愚痴の繰り返しは止まらない。入居者の血圧が揃って上がってきたのだ、ここで止めなければ大変なことになるとセンター長は息子の携帯電話に連絡し来所を促した。「ご本人が『息子と嫁に捨てられた。死んでしまいたい』といって苦しまれています。そのKさんの愚痴を聞いてあげている入居者の血圧が上がってきて危ない状態になっていますので、大変でしょうがぜひご本人を納得させるためにもう一度お話を(本当のことを)してあげて下さい」と告げた。来所した長男は、自室で二人きりになると途端に怒鳴り声になって来たので、センター長として介入させてもらうことになった。

 本田「先ほど、お嫁さんが入院し大変な手術をしたところだとお伺いしました。その付き添い等でゆっくりお母さんと話が出来なかった経緯についてお話を聞かせてあげてください」

 長男「本当は、自分ではなく、嫁が癌で入院し、昨日手術したところなんだ。御婆さんには心配かけたくなかったので、自分が入院するといって、その間ちょこっと悠々に面倒を見てもらうつもりだったんだ」

 K婆様「なんだ、お前じゃなくて嫁か、嫁がそんなことになっていたとは知らなんだ。そんなことならちゃんと訳を話してくれたら、わしだってこんなに大騒ぎしなくて済んだのに。そうか嫁がそんなに悪かったのか・・・」

長男はそれまでの嫁姑関係から、嫁のために我慢することはない姑であろうと判断し、自分(長男)が入院することになったからという理由で、99歳の要支援(認知症重度/性格的に独立心旺盛)のお婆様を悠々に短期入居を依頼されたということであった。

 その期を境にして、愚痴はピタッと止まった。賢いK婆様は本領を発揮され「こんなことなら自分が変わってやりたかった。100まで生きていることはない。わしが変わって死んでやりたい」と落ち込んでいた。

 どの時代でも難しいと言われる嫁姑関係、しかしそこが家族というものであろうか。実は嫁の身を案じて落ち込むほどの愛を隠していたということなのであろう。

 翌日からのK婆様、想像もできないほどの穏やかなお顔をして、ずーっと前から常連の入居者であったかのように、混じって落ち着かれた。皆で食べる食事が美味しいという。スタッフとのやり取りも平安である。

 約1ヶ月のお嫁さんの退院と入れ替わって、K婆様は念願の自宅に帰られ、入れ替わりにその個室には術後のお嫁さんが療養のために入居なさることが決まった。

 「そんなことができるなんて、知りませんでした。家族がどれほど助かるかわかりません。よろしくお願いいたします」と帰途に着かれた。一つの家族の難事に悠々が少しだけお手伝いできることが嬉しい。

   

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   暑い夏・「悠々」の応援団

 TVニュースで、とうとう高齢者が熱中症で死亡(室内で)というニュースが飛び込んできた。恐れていたことが起き始めた。山国の南信州泰阜村では、昔は夜は長袖の寝間着を着て、戸を閉めて夏布団を掛けないと朝方は寒くて目が覚めたものだった。だから高齢者だけの家ではあまりクーラーを入れている家は少ない。(電気代がもったいないのでめったにスウィッチを入れない)。日中雨上がりの(今年は雨が多い)部屋の中は山からの涼風も止まり、蒸し風呂にいるようだとの表現がぴったりくるようになった。その上夜、信じられないだろうが、年寄りは寝間着の下に長い丈の股引(ネル/flannel)をしっかりと履き、長袖の肌シャツを着ている人が多い。(悠々でも夕方薄物に着替えさせても、朝方しっかりと長袖セットをお召しになっているが)そんな恰好で昔のように戸を閉てて寝ている姿を想像するだけで、胸が詰まる。

 悠々では今全館クーラーを28度に設定している。電気代は月額20万を軽く超えるが、お年寄りたちの命の値段だと思えば高くないと思っている。その上毎日朝晩ソフトアイスノンを一人一人の枕の下に入れることにしている。こうしておけば、「夜男が入ってくる」とか、「夜男に覗かれる」と言って個室の戸と襖に筋交いを中からかけていたとしても、体を冷やせば何とか熱中症から救えるのではないかとの考えである。事実これは好評で、年寄りたちはよく眠れると言ってくれる。

 さてお盆が目の前に来た。夫の新盆を控えた婆様は、そのことで心身が絶不調である。自由にならないわが身を悔いている。他人の我々ではどうしようもないところが歯がゆい。お年寄りを抱えていると身内の新盆に思うようにならない不幸を嘆く光景に出会うことが多い。我らケアの奉仕団は、「うんうん」と傍にいて手を握ったり、背をさすったりしながらその煩悶に寄り添うしかない。

 その悠々には、夏の甲子園のあの応援団のように力強い応援団が居て、膝丈まで伸びてしまった一面の夏草を汗みどろになりながら、ささっとやってくれるボランティアさん、毎月1回開催の「生活リハビリ教室」には、休みを取って賄いの応援に来てくれる家族ボランティアさんがいる。この夏は、様々な採れたて夏野菜の寄付があった。トマト,きゅうり,インゲン,オクラ,トウモロコシ,大玉スイカ,夏大根,坊ちゃんカボチャ,ジャガイモ,紫玉ねぎ・・・等々である。

 悠々の貧しさは村の隅々まで知れ渡っているらしく、自分の家族用菜園からの直送品が届けられる。

これがどんなに嬉しいか、頂いた野菜で今日はどんな献立にしようかと頭をひねるのも楽しみの一つである。

この時期は村外の応援団からも様々なお届け物がある。珍しい果物,ソーメン,冷菓,・・・何よりもうれしいのは夏休みに子供たちを連れて悠々でその賑やかな声で私たちに元気を下さる友人たちの訪問である。

 「悠々応援団」に支えられて私たちも頑張れる。

 皆様,遅まきながら暑中お見舞い(残暑?)申し上げます。そして日頃の応援に心からの感謝を捧げます。

 

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    6人目の入居希望者顛末

 真夏の蒸し暑さの最中に一人の女性が悠々の玄関に立った.思いつめたようなその瞳に圧倒されて休憩時間のドアを開けた。その日は朝7時からの独りケアを夜7時まで継続するという日で、80歳手前の年寄りには多分大事な休憩だった。

 しかし、「もう満室と聞いてきたが、家の年寄り(98歳,女性)を預ってもらえるところはどこにもないので、どうしても預かってもらうことはできないかと来てみたんです」という。その方は69歳のお嫁さん、癌の治療が3クール済んだところで、9月1日から再治療のため入院が決まっているという。

 何という事だろうか。これほどの苦しみを背負いながらも、留守中の98歳の年寄り(要支援1)の身を心配しなければならないなんて。聞きながら、なんという優しいお嫁さんがいるものだと感動のあまり言葉を失った。

 しかし次の瞬間、「悠々は、貴方のような方のお手伝いをするために作られたのです。おそらくその要支援のお婆ちゃんは『わしゃ何でもできる』と確信をもっておしゃる事と思われますが、70代の夫(定年退職後/農業)と40代(会社員)の息子さんだけでは、98歳のお婆ちゃんを見守りながら(失禁+漏便等有)、家事一切をこなすのは長続きしないであろう事が想像できますので、そのお婆ちゃんを取り合えず1ヶ月のショートステイでお預かりいたしましょう」と告げないではいられなかった。

 「そのお婆ちゃんが、1ヶ月の滞在を経験して、『ここは良いとこだ。もうちょこっと居たい』とおしゃって頂けるようなら、永住入居に切り替えるというのはどうでしょうか」と提案し、彼女の入院前の9月1日に入居を決定した。

 「私たちのような事情を抱えて困っている人が大勢いるのに、皆悠々のことを知りません」と言われる。

空き部屋はあと一つ、でも今の悠々はもう空き部屋があるの話どころではなく、個性豊かな(頑固な)お婆様たちのお世話を一人介助でやり遂げられるだろうかという問題なのである。

 現場のケアの厳しさは、体験したものでなければわからない。個性を尊んで一人一人に寄り添いながら、その命の最後を伴走していくという仕事には「命に対する愛」以外の何物も力とはなりえないのだから。

 不思議なことに、ケアする者には人権なんて存在しないのではないのかという瞬間があるということを、世の施設管理者らは御存じであるのか問いたいが・・・.

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    お婆さま(95歳)の誕生日に・・・

 昨日の台風は、小さいとはいえ南信州を直撃かというコースを辿っていた。村民たちはお祭り当日というので皆ヤキモキしてTV画面の台風情報を見つめていた。

 ところが直撃覚悟で見入っているTVからは、突然のように「台風は温帯低気圧になりました」というではないか。ほっと安心、しかし大雨は継続中ということで、楽しみにしていた花火は早々と中止になった。

 一夜明け、この蒸し暑さはどうだろう。見渡す限りの靄、霧・・・雲、やがて太陽が顔を出し蒸し暑さが倍増した。早々と悠々では全館冷房を入れ、婆様たちを熱中症から防衛しているが、自宅にいるお年寄りは、どのようにこの極端な気候変動を凌いでいるのだろうかと心配でたまらない。

 昨日は最年長のお婆様(Mさん95歳)の誕生日であった。大きな花束とデコレーションケーキを目の前にしてびっくり仰天のお婆様、周りのみんなも笑顔笑顔で、ハッピバースデイ(お誕生日おめでとうに翻訳)の歌を手拍子に合わせて歌った。実は昼ご飯は、本人の要望で握りずし弁当をみなぺろりと食べていたのだが、実は悠々では、3時のお茶の時間がお誕生日会本番となるのだ。

 お婆様曰く「わしは95年も生きてきて、自分は生き過ぎたと思っていたが、今日は生まれて初めて、この年寄りの命の長さをおめでとうと祝ってもらって、考えが変わった。わしはここでもう少し生きてみたいと思えるようになった。お迎えが来るまでわしはここにお世話になって生きさせてもらいたい。お世話になるがよろしくお願いします」と初めて、お年寄りからのを、生きていることを寿ぐ言葉を頂いた。

 その方は、もう一つ大切な言葉を添えられた。「先生、この仕事、儲けを考えていたら出来ん仕事だの・・・。先生、わしは先生にに出会えてよかった」と。

 

 ここまで天から自分に任せられた命を愛してきてよかったと、本当に思った瞬間だった。

 

 

 


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