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風の谷〜泰阜村     
    染み入る言葉を頂いて

昨日は蒸し暑い一日だった。悠々ではお年寄りが寒がるこの季節、扇風機さえおけず、ましてやクーラーもかけない。私たちスタッフは大汗を拭きながら「暑いね、暑いね」を連発し「もうこれ以上脱ぐものはないし、風はそよとも吹かんし、あはは」と愚痴っていると、M.M. おばあちゃん「今日は暑いね〜、わしはやっとガラス窓を開けて網戸にしたよ」という。「Mさん、あんたはまだ腹巻と股引はいてんのかね」と聞くと「勿論さ、股引も履いてる。これは一年中取れんのさ、腹巻とると下痢をするし、股引脱ぐと足元が冷えて冷えて寝むれんのさ」という。「そうか、でも真冬のダウンケットはもう外そうよ。夏掛けの上に毛布を掛けて調節しようか」というと。今度はI.M.おばあちゃんも声をそろえて「駄目だ!腹巻はしとらんけど、わしも股引を一年中脱いだことはないよ。冬布団も昼はくるくると足元に撒いておいて、朝晩はそれを引っ張りあげて寝るんサ」という「朝晩は冷えるからの」・・・「そうなんだね、わかった」私たちスタッフは、こうやってお年寄りと私たちの皮膚感覚のずれが根本的に違い、お年寄りが暑さ寒さを自由に調整して生きているのだと知ったのであった。

 その会話の中で、「私はこの年まで本当に苦労して生きてきた。農家に嫁に来てから、70年間お父ちゃんと一緒におれたのはたった10年間だった。お父ちゃんはトンネル堀の塵肺で倒れるまでずっと出稼ぎにでて家計をささえてきてくれた。残された私は一人で子供を育てながら家を守らにゃならんだった。田の代掻きが出来んで、隣のおじいちゃんによう笑われておった。そのおじいちゃんは見ておれんと言って、ほんに親切に代掻きを手伝ってくれたもんだった。わしは本当に親切ないい人に助けてもらってここまで来たと思う。お父ちゃんが帰ってきてからの最後の2年は入院していて、一日中ずーっと傍に付き添っていた。親戚の嫁さんが「たまには変わってやらにゃ〜」と言われたけれど、お父ちゃんが「あれが一生懸命世話をしてくれるから、M子でいい」と断ってくれた。「嬉しかった」という。

 つづいて「生きているということは本当に大変な事。こんな年まで生きておって家族に迷惑を掛けて申し訳ないと思っておった。自分から『施設に入れてくれ』と頼まにゃいかん歳が来たのだと思っておった。だが今度息子から『手術のために入院するからどこかに預けたい』と言われた時、じっと息子の目を見た。息子もそれ以上何も言わず、じっとわしの目を見ておった。とうとうその日が来たのだと知った。家を出るときわしは『ちょっと車を止めてくれ』と娘に頼み振り返って家を見た。70年も暮らしてきた家を見たかった。もうあの家を出たらこの家には帰れないのだと思った。辛かった。振り返ったら息子が一人門の前に出て、見送って居った」と涙を流しながら語ってくれた。

 施設に入るということの意味を私たちはもっともっと深く受け止めねばならないのだと知らされたのだった。

その後に続く言葉で、私たちも涙した。

「この年までいろんな施設を見て来たけれど、こんなゆったりと自分らしく過ごせる施設があるとは知らなんだ。私はここにきてもう思い残すことは何もなくなった。幸せにお迎えが来るまで待って入れると思う。ここのスタッフは、それぞれ顔が違うけれど、みんな本当に優しい一つの心だと思った。どうしたらこんな一つの心になれるのか知りたいもんだ。今度入居するAさんも(ご近所のお知り合いの方らしい)早く入ったらいいと思っている」

 10年目にこのような言葉を入居者から頂いた。この苦しい時に私たちは天からの励ましの言葉を頂けたのだ。ただ、ただ感謝‼

風の谷〜泰阜村    
   要介護4退院患者M氏をお迎えして

 2か月前に脳梗塞左麻痺重度で緊急入院し、何とか命を取り留めた92歳の男性が、リハビリ入院を終えて夫を待つ妻の下に帰ってくる...。要介護1だった彼は要介護4となったけれども、見守り付き歩行器歩行、介助付き嚥下食、見守りポータブルトイレと重度の介助付きの身になって戻ってきた。問題は精神的に自律神経失調症を抱えている90代妻との同室での生活である。

 可能な限りケアは私たちスタッフがやるので、緊急時の通報をお願いすることになる。

最後まで、ご家族を支えながら懸命の支援をお約束した。どんなに介護が重くなっても、長年連れ添ったご夫婦でともに残りの人生を過ごせるように私たちで、全力を尽くそうと思う。

 もうお一人時期を同じくして85歳の女性が永住入居を希望してこられた。81歳で転倒骨折し骨粗しょう症があると言うことで手術は受けられず絶対安静にして自然治癒を待つという医師のご判断で、4年の間寝たきりの3ヶ月事の施設移動が続いた。要介護度が1と言うことで特老には受け入れてもらえず、老健をたらいまわしにされていた。諸事情があって61歳の長男一人がこの母親の世話をしていた。他の家族はみな病や障害に倒れ、彼だけが家族の介護・療養を引き受けていたのだが、限界に来たとの訴えがあった。

そのお年寄り85歳要介護1をお受けすることになった。車椅子見守り介助の彼女の問題は、精神的問題を抱えているとの情報があるが、普通のお年寄りが4年間も施設を放浪して生きていなければならないなど、精神的におかしくならないほうがおかしいと思う。

 このお年寄り手がかかりそうだが大切にできるだろうか・・・大切にしようと思う。

 それにしてもスタッフの人員が足りない。朝ケアに一人のヘルパーが獅子奮闘しても30分もかかる。その方々を3人も抱えていてはスタッフがつぶれる。労働基準監督署の目も光っているし・・・理事長が賄い週2日と朝ケアをそれ以上抱えるなんてこといつまで続くことやら・・・と思う。せめて朝ケアだけでも介護保険サービスの巡回サービスをお願いしたいものである。

 社協も人材不測で振り回されている現状では、これもなかなか難しいとのことである。

さて、困っているご家族の支援を続けるためには、強力な人材を確保するという理事長の力量が求められる正念場にかかっているということであろう。

風の谷〜泰阜村      
   94歳自立女性の入居顛末

 この度、隣村から新しいお年寄りをお迎えすることになった。94歳女性自立三世代同居(泰阜村出身)。しかし同居のご長男が手術のために入院となり、その間転倒の恐れがあるお年寄りの見守りが出来なくなるのでと、1か月の短期入居でお預かりしていた。そのI.M.さんが1週間ほど悠々の暮らしを体験してこんなことを呟かれた。「わしは、自分では掃除も洗濯も何でもできるし、裏山の畑にも出て行って畑仕事もできるので、家族には迷惑を掛けないできたと思い込んでいたが、本当はやっぱり留守の間に転んだら困ると心配かけておったんだね〜」。しばらく様子を見ているとかすれ声が異常に小さい。悠々で朝昼晩と10時と3時のお茶タイムに食堂に出てきて、臨席の89歳のM.M.さんが知り合いだったということもあって、おしゃべりが弾んだ。そのうちに「こんな連れがあってよかった。施設に行けと言われたがこんなに楽しいとは思わなんだ」とお互いに楽しさ倍増の日々となった。女はいくつになってもおしゃべりが元気の秘訣なんだということになった。そして約束の1か月が近づいてきたある日こんなことを呟いた。「わしはこれまで長い間声を立てて笑うということがなかった。家族は優しかったけれどみんなそれぞれが忙しくしていてわしのいる場所はなかった。わしは飯がすむとすぐに自分の部屋に行って他の家族たちが楽しそうにおしゃべりしているのを聞いていたもんだった。それでこのごろ年寄りは長生きをしてはいかんのだな〜と思うようになった。家族たちはみな優しいので、施設に入れとはいえないのだから、わしから施設に入れてくれと言わにゃぁいかんのだなぁ・・・と。でも何十年も住み慣れた家から離れるのはつらくて言えなんだ。大好きな家族達と離れるのは決心がつかなんだ。けど、ここならゆっくりと自分らしくおらせてもらえる。ここにおいてもらえるのかね〜。このような年寄りが幸せなっていいのかね〜」「それとここで最後まで置いてもらえるのかね〜。それが心配で・・・」

理事長「大丈夫ですよ。あなたがそれをお望みで、ご家族がそのことを『いいよ』といって下さったら、最後の息を引き取るまでここで私たちと一緒に暮らすことができますよ。私たちはご縁で結ばれた新しい家族のように暮らしましょう」

 1か月半後ご家族との話し合いをして、永住入居の契約が結ばれた。

この1か月半のI.M.さんの永住入居に至る顛末を経験して、お年寄りが90歳を過ぎると身の置き所がなく、あの信州のどこかの姨捨山伝説を思い出すのだと知った。

 後日古老から、「昔『姨捨山』というところが泰阜村にもあったんだよ。この村では年寄りが70歳になるとそこに捨てられたもんだ。」深沢新一の姨捨山の伝説は、信州の山深い部落の90代の年寄りには自分の事のようによみがえるのであろうか。

 その姥捨山伝説を、悠々では「最後までゆっくりと穏やかにいつものように暮らして生きていてもいいんだよ」に塗り替えたいものだと思う。

 森に包まれた我が家の庭の木陰に、楚々としたピンクの笹ユリが満開だ。

 森の精たちに包まれ泰阜の幸せを頂いて 私は今日も元気になる。

 

風の谷〜泰阜村
心はやれども・・・

 5月,今年の春はやっぱりおかしかった。真夏が来て2,3日後には炬燵やストーブが欲しかった。入居者のお年寄り達も体調が思わしくないようだ。そしてこの老体も10周年記念式典の喧騒が収まっても、いつまでも疲れが取れず今回倒れた。薬の数がまたまた増え、年を取るということはこうゆうことなのだと感じ入った。

 我が庭のヤマボウシが真っ白な花をやっと咲かせ、笹小百合の蕾が大きくなってきた。ゆっくりと密やかに初夏の気配が始まっている。あの浅黄色に包まれた里山は深い緑に変わり、悠々の軒先のツバメの巣の雛たちも大きくなった。悠々の庭には雉の親子が姿を見せるようになった。

 新しいお客様たちの訪問が続き、お問い合わせの電話が増えている。私たちは少ないスタッフで頑張る・・・と言うつもりであったが、一番先にやはりこの年寄りの体が音を上げた。心はやれども,である。

 さて,この人出不足の危機をどう乗り切るか・・・。その時に天は悠々を見捨てなかったようだ。30代の山形出身の若者が悠々とご縁が出来,あれこれと助けていただけることとなった。独り親方と言うのであろうか。大切な彼の家庭を守るために、村の重鎮のあちこちに声がけし,彼の仕事を途切れないように村のみんなでサポートしていこうということになった。

 過疎の村にとって大切な労働力が,私たちを助けてくれると言うのだ。大切に守らなければ罰が当たる,と思う。 

風の谷〜泰阜村    
   記念式典を終えて〜春本番〜

 10周年記念式典を終え、あたりが浅黄色から深い緑の森に代わっているのに気付いた。式典は予想よりずっと多くの御来賓や知人友人の御来席を頂き、大阪坂本病院S院長様からのプレゼントで、和太鼓「MaDaRa]メンバーのジャズのリズムを感じさせる軽快な太鼓演奏は、会場のおしゃべりを止めさせるほど魅了ある音楽であった。

 沖縄のW理事長様からの琉球王朝古酒泡盛での乾杯は、記念品の特注の素敵な桜模様の一合升に入った美酒で参加者の度肝を抜き、その後の歓談の糸口となったほどであった。和やかに入り乱れて話が弾み予定よりも長いお時間をお楽しみいただいた感じがあった。

 お帰りには議員さん達から「先生、10年よう頑張った。これからは応援させてもらうでな・・・」とのお言葉を次々と掛けられ、理事長の目がウルウルとなるほどであった。

 10年は私にとって長かったであろうか。開所式の時の疑惑に満ちた視線(当然だが)を思うと、格段の暖かさを感じる今回であった。くじけないでやってきてよかったと思う。私が掛けた願いは「この地に住むすべての人々に安心を与える事」であった。今にして思えば力不足は明白である。しかし10年を振り返ってみればこの地の人々に、自身の暮らしを(大雪で車が埋り、大雨時倒木が玄関を直撃し、凍結した急坂で脱出不可能になった時駆け付けてくれた事等々)丸ごと抱えてもらっていた安心感がある。

 悠々も多くの組合員さん、ご近所さん隣町の地域包括の方々、そして私の大切な友人たちに支えられ励まされて今日まで幸せであった。そのお力を頂いて私は当初の「誰もが安心して住み慣れた地で住み続けること」ができますように、これからも全力を尽くして頑張っていきたいとお約束した式典が終わった。

 皆様本当に有難うございました。そしてどうぞこれからも応援をよろしくお願いいたします。

 

 この度私共の「高齢者協同企業組合泰阜」の「地域交流センター悠々」の諸事業活動に対し、長野県中小企業団体中央会様より 会長表彰を頂きました。本当に身に余る光栄で、この事業がNPO法人でもなく、社会福祉協議会でもなく企業組合を選んだ理由が、「自分達の幸せは、まず自分たちで工夫して自分たちで勝ち取る努力をする。それでも個人の力が及ばないときこそ公的援助で助けてもらう!を信念に頑張りたいからである。」と申し上げたことが、中央会の役員の皆様の納得を得られたのだとお聞きした。

 嬉しかった、感謝でいっぱいで言葉にはならなかった。「これからは県中央会も後押したい」とS副会長からの直々のお言葉も賜った。悠々の新しい希望である。


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