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風の谷〜泰阜村  
 ひたひたと新たな風が起こって・・・

 泰阜村の里山が色とりどりの秋の七草に彩られ(観光客はどこにも見あたらないが)、無事にこの気象変動を乗り越えた山間の棚田が黄金色の稲穂で埋まった。ススキの銀波の間をくねくねと走る野道を車で走りながら幸せで心が満たされる。世間でどのようなことが起こっても、季節は巡り今年も秋祭りが近づいた。

 悠々の人気者であったペットのパピオンちゃんの急性膵炎も危機的状況を脱出し、老犬の最後を年寄りたちとともによろよろと、残された余生を過ごせそうだ。

 この間の人出不足を、残された少ないスタッフが死に物狂いで乗り越えている間に、お一人の非常勤スタッフが健康を取り戻し戻ってきてくれそうだ。マムシにかまれて入院した山男も元気に当直をこなせるようになり、理事長の胃の痛みもほっと一息つけそうだ。 

 その上に思わぬところから人出不足の悠々に援助者が現れた。入居者の縁者にあたる方たちが走り回って、「悠々」を潰してはならぬと、足りないスタッフを探し回っていてくれたとは、知らなかった。

 その上地元入居者の家族のお一人が、「娘たちも、第二の故郷にしたいからお母さん泰阜に帰ろうよと言ってくれるので、定年になったら東京から帰ろうかな、悠々を手伝おうかな、パソコンしかやったことないけど、一応ヘルパーの資格も持っているんだけど、何かできることあるのかな〜」と言う。

 あ〜、天は見放さなかったのだ!あの日照りのようなスタッフ不足の苦しみはどこに行ったのか。辛抱してよかった。世の中やっぱり辛抱が肝心とはよく言ったものだ。

 9月は決算日。11月に迎える総会を前にして、「悠々」に新しい風の復活の予感を報告できそうで嬉しい。

風の谷〜泰阜村
    理事長の後継ぎ現る?

 近年、台風の被害が甚大になった。昔から地震・雷・家事・親父と恐れらていたことが耳に残っているが、最近の地震の壊滅的な事、台風被害の目を覆うばかりの甚大な被害、それがいつ起こっても不思議はない地に住んでいるのだと改めて思い知ることが、すぐ近くに迫っていることを皆口にするようになった。戦争は人の手によるものである。だから人が食い止めねばならぬものではないか?と思う。しかしこの自然の脅威はもっと恐れるべきではないのか?世界の中でも小さな国の中に入るこの日本が・・・そして平和で豊かな国日本が、一瞬で壊滅的な被害を受けることから人はどのように備えればよいのかを思う。

 秋風が吹き、ススキの穂が揺れ、山百合が道端の崖に真っ白な花を一斉に咲かせ、萩、女郎花が山里を彩る時が来た。悠々の庭にもコスモスの花が咲き乱れ、赤とんぼの群れが真っ青な空いっぱいに群れ飛ぶ最も美しい時を迎えた。

 そして嬉しいニュースが一つもたらされた。

 泰阜村のこの小さな村の宝物である泰阜中学校2年生が、毎年村の各種職場で職場体験をする恒例の「キャリアデー(3日間)」がある。我が悠々にも、朝9時から午後4時半までの時間スタッフとともにお年寄りたちのお世話をするのだが、この時を悠々のお年寄りがどれほど待ち望んでいるかをその目で見て、スタッフは驚異の顔を見合わせる。

 慣れぬ手で髭剃りをしてもらう時のあのおじいちゃまのトロリンとした顔、お茶の時間に重度認知症のおばあちゃまたち(複数いるので)の争うように語る(2分と持たない)昔ばなし(自慢が多い)を、飽きることなく不思議なものを見るような顔をして聞いてくれる子供たちを、どれほど喜びをもって愛おしいと感じるしぐさを見せるか・・・、私たちスタッフが到底真似できない技である。

 その子供たちの一人が「僕は悠々に就職したい」と言って、高校の福祉コースに進んだと聞いていたが、この度N福祉大学に入学したと村の職員から伺って仰天した。この悠々が子供たちの心をつかんだのだ。この理事長、キャリアデーの最後には必ず「在宅福祉の村泰阜に帰ってきてね。もし気に入ったら理事長として迎えるから、この悠々に帰ってきてね!」

 かなわぬ願いと知りながら、そう繰り返して送り出したことを思い出した。

3K職場と揶揄される福祉現場に、あの子たちが帰ってきたとき、福祉の仕事が誇りをもって迎えられるように精進しなければと心したことであった。あと何年待つのか・・・大学4年、それまでちゃんとした給料で迎えられるようにと祈るような思いである。

 もう一つ、大学時代の教え子が「年老いた両親を連れて泰阜村に移住しようかな」「悠々でやりがいのある福祉の仕事に就きたいな」という。やりがいのある仕事・・・ともに暮らす家族のようなお年寄りの笑顔に包まれて働きたいとその方々は言う。

これ以上嬉しい報いがこの世にあるのだろうか。たとえ無給でも私がやってきたことは有り余るほどの報いを受けている。

 返すに「感謝!」以外にはないが・・・

  

風の谷〜泰阜村    
ひたひたと奇跡が起こって・・・

 昨日,とうとう泰阜村にも豪雨が到来した!バケツをひっくり返したような大雨に,年寄りたちは食堂に身を寄せ合って,互いの声も聞こえないぐらいの雨音に怯えた.「昔この裏の沢が決壊して,この辺は水浸しになったんだよ.この上の裏山は家のもんだが,崩れやせんだか・・・」と心配する.丁度お茶の時間だった。10時半,停電が起こり薄暗くなったテーブルの上に,早速スタッフがありったけのランタンを点けて置いた。「山小屋のようだね.キャンプしているようじゃん」と年寄りたちの不安を少しでも消そうと走り回る.  

 おりしも昼食の支度の真っ最中.「ご飯は炊けている?どんな具合?」ひょっと台所を覗くと、賄いスタッフがすし桶に炊きあがったご飯を団扇で扇いでいる.「あ〜今日はお寿司なのね.よかった.なんとタイミングがよいこと.あとは卓上コンロで何とか間に合いそうかな?」「いいっすよ.卓上コンロで間に合います.」薄暗くなった厨房から料理長の落ち着いた声が答える.

 浴室からは「お湯が出ません!Mさんが丁度上がったところでよかったです.つぎのSさん,停電でお湯が出なくなったで今日は風呂のお湯を被っておしまいにするかね」と言っているところで、電気が点いた.「よかったね〜.さあ今のうちに入ろう,入ろう」

 常に準備をしているとはいえ,風呂のリフターが停電で使えないとは思いつかなかった.浴槽のお湯を汲むにしてもバケツで汲み上げるしかないか・・・う〜ん,この暑い夏,週に2回ぐらい汗を流してあげたい・・・.理事長の知恵の絞り具合がまた試される。

 

 この暑さの中で,スタッフが次々と倒れ,とうとう広大な芝の庭や裏のボタという急坂な法面に雑草が生い茂り,盆だというのに誰も手入れする人が居なくなって,「悠々はいよいよ潰れるらしい・・・」との巷の噂が耳に入った。何を言うか,雑草ぐらい私が・・・とはいかないほど広大で1500坪あるので,理事長の鎌一本では間に合わなかった。素人が空いた時間で刈っても刈っても、後ろを見るとあっと言う間に元通りに生え揃っているのをみて、泰阜の男手の凄さを思い知ったことであった。

 ところが、ところが、これが泰阜村の凄さで、脳梗塞を患ってご不自由な体を抱えたひとりの70代の男性(Kさん)がひょこっと事務所に現れ、「悠々の草を刈らしてくれ」という.「この炎天下に草刈り等ご無理をなされたら,熱中症になったら困ります.お気持ちだけは嬉しく有難く頂きますが,あなたにだけはやらせたくない.心配でたまらないのです.」

 「大丈夫だから,家でもやっているのだから大丈夫.あの急坂なボタは、ガードレールに綱を引掛けて体に縛ってやるから大丈夫.それに、こんな私でも残された人生,何か人様の役に立つことをやりたいんです.やらせてもらえんかな」

 しばしこの言葉に心が揺れた.障害を持った人々が社会から疎外され苦しむのを、MSWのころに共に苦しんだことが心によみがえった.「じゃあ,くれぐれもお気をつけてやってください.こんな嬉しいことはありません。悠々にとって誰も出来なかった事でした。有難うございます。助かります。ただし日中の暑い炎天下での作業はやめてください。もちろん雨のすべりやすい時はやめてくださいね.もしも事故が起きてお怪我をされたら、理事長の私が警察に曳かれていくことになりますからね。」

 「大丈夫です。必ず守ります!」と言われた。「悠々の草刈りは私と仲間もおりますから、任せてください」

 でも、翌日から彼はやってきた.ほんの2,3時間でアッとゆう間にきれいに刈り上げられた庭を見て、涙がこぼれそうになった.

でも、夢中になった彼は、やっぱり雨の中をずぶぬれになりながら止めなかった.飛んで行って「雨の中は危ないので止めてください!」と叫んだが,「わかりました」というが,気のすむところまで続けておられた。

 スタッフたちが苦い顔をして「もしもの事が起こったらどうするんです!」という.「もしもの事が起こったら、私が責任を負います.あの方のご家族は私を訴えるような方たちではないし,お怪我は傷害保険でできるだけのことをしましょう」

 この世から役立たずという烙印を押されて、独り不自由な体を抱えて生きていくほど苦しいことはないと、私は知っている。

そのお一人お一人に何か一つでもお役に立てたのだったら嬉しいと思う.

突如現れたボランティアである.これを天恵と言わずして何と言おう.

風の谷〜泰阜村
 やっぱり奇跡は起こるのですね   

 泰阜村の朝夕の涼しさはもう初秋の気配がする。山百合の盛りがすぎ秋の七草(萩、ススキ、桔梗、撫子、女郎花・・・)がもう咲き始め、その可憐な立ち姿にふと立ち止りたくなる。森の中からかしましいほど響き渡る小鳥たちの声に目覚め、朝支度に起き上がる。泰阜の民にとってあまりにも当たり前の季節の風情だが、都会からこの村を訪れる方々にとって、どうも驚異らしい。

 先日、泰阜村婚活事業でカップルにたどり着いた方々の再来村の機会があり、「ケア付き民宿・悠々」にその4組の方々をお迎えする機会を頂いた。遠路はるばる神奈川から来たという方々は、田舎の夏祭りの後の喧騒から逃れるように、シーンと静まり返った「悠々」に落ち着かれて、理事長の手作り巻きずしやおにぎり、撥ねきゅうりの浅漬けや、農家の畑で完熟した冷たいトマト、りんごジュース等々・・・(お夜食と言われていたので・・・)を口にしながら、悠々の広々としたリビングダイニングに、実家に帰ったようだと寛がれた。

 順番に入られた浴室の湯船の大きさにまたまた驚かれ、「家ではこんなことできないね。足を延ばしてたっぷりの湯に肩まで浸かって、本当にのんびりできました」という。

 3組のシングルマザーの方とお一人の若者だったが、皆とてもよい方々達で、(涎が出そうなほど来ていただきたい方々達)つい、「悠々でもヘルパーさん・賄いさん・事務員さんを募集しています。家賃5千円から村営住宅あります」等々勧誘してしまった。

「ここは、私たち普通の人でも泊まれるんですか?」当然のように質問されたので、「はい空き室はすべて民宿登録してありますので誰でも泊まれます」とお伝えした。皆びっくり仰天して「エェッ、その上ケアもついているんですか?」という。「はい、八ヶ岳から甲斐犬と92歳の御ばあちゃまを連れたご一行が泊まられましたよ」と伝えると、「家のおばあちゃんもここに入れるのでしょうか」と続いた。神奈川では同居家族がいると介護保険のショートステイ等も利用出来ない事情があると言われる。「それぞれのお宅の一切の事情に関係なく、空き室があればだれでもご利用可能です。そのような施設が各地に出来ればいいなと、この悠々をモデルとして作ったのです」と宣伝してしまった。本当は、泰阜の住民の方々に利用してもらいたかったのだが・・・。全国展開してしまいそうだ。

 お風呂から上がった方々に、リビングのマッサージ機をおすすめした。「あぁ〜、眠ってしまいそう」という。「いびきもご遠慮なくどうぞ」笑顔がはじけた。

 その横で4歳のちびちゃんが浴衣を着て泣きわめき、大騒ぎをして困り果てているママに、「この暑さできっとあせもがかゆいのかもしれない」と浴衣を脱がせ遠くから扇風機を当てながら「お熱があるかもしれないから、お熱を計ってみましょうか」と声をかけると「うん」と小さな声で言う「36度3分、お熱がないから大丈夫だったね〜。のどが渇いたでしょ、りんごジュース持ってこようか?」「うん」お部屋にりんごジュースと手巻き寿司をお皿にのせて覗くと・・・床の上でコトンと寝てしまっていた。ホォーと吐息をついたママと顔を見合わせ、「さあ、この間にママはお風呂に入って汗を流していらっしゃい」・・・

 これって実家に帰ったら、おばあちゃんがやってくれることかもしれない。

「悠々」にある、子育てママたちへの特別ケアサービスである。

  

風の谷〜泰阜村    
悠々の危機を誰が救うか!

 TVに映し出される大雨被害の悲惨な人々、猛暑で搬送される熱中症の人々、火蟻上陸と日本列島が荒れ狂う自然の脅威の最中にあって、泰阜の山里はひっそりと初秋の気配を漂わせている。穏やかに何もないかのようにいつもの盆支度に汗をかいている。

 朝晩の涼しさに戸を立てて薄掛けをかけ、森に響き渡る小鳥たちの声で目覚める。

しかし悠々は設立10年という節目を迎えて、中の住民たちは明日をも知れぬ身体状況になり介護が重くなった。ぎりぎりのスタッフで支えて来たが、そのスタッフたちも年を取り、独り二人と歯が抜けていくように病に倒れていく。捜しても捜してもこの村には働く余力の残っている人はいないことが分かった。

 ふと、悠々のモデルでもあったスウェーデンの「高齢者協同組合」のことが頭をよぎる。かの地も人口67人という超過疎地であった。その地の年寄りを遠く離れた知る人もいない施設で逝かせることに忍びなく、若い二人の女性が立ち上がって「高齢者協同組合」を造ったのであった。しかしそこもかの地に広がりを見せることはなく、10年を経た後閉鎖されたとの事であった。

 スウェーデンの消費税は25%である。福祉の充実は世界のモデルとなった。しかしだからこそなのか、人々は老後は国が見るのが当たり前という思想で、ボランティアで年寄りの最後を幸せにというのは普及しなかったのであった。

 ましてこの泰阜村では、乏しい予算の大半を公共事業(大規模ながけ崩れは日常茶飯事)が占め、それを補うために高齢化率37%の高齢住民の労役が村の道路と水を守っている。わずかな若者(60代も含む)は残らず皆働いている。

 悠々を始めた時、組合員の主力メンバーは50代60代だった。10年を経て主力メンバーは70代となり、ましてや肝心の入居希望者が本格的に増えてきたとき、それを支える肝心な理事とスタッフが年老いて病に倒れ、悠々の利用者となり始めてきた。

 悠々スタッフの一日の構成人員は5人、事務総務接客を兼ねる理事長+早番スタッフ1名+遅番スタッフ1名+賄い1名+夜勤の当直1名のみである。このスタッフを週休2日で休ませる交代要員(非常勤)が倒れて、理事長がそれを補うことになった。無理がたたって体が悲鳴を上げ病院通いが深刻になってきた。

 ヘルプコールに答えてくれたのは東京の組合員さんたちであった。6時間かけて深夜に到着したその方々は、疲弊困憊し、「遠いよ!助けたくても遠すぎるよ。それに私たちの周りにいる仲間たちはみな孫の塾の送迎に毎日駆り出されて、悠々のボランティアをちょこっとなんて出来ないよ!」と悲鳴が上がった。「そうだね。本当にその通りだったね。済まなかったね。でも娘たちごと村に移住して子供たちを一緒に育てるというのはできない事なのかしら・・・・」と理事長は食い下がる。

 「そうね。この朝晩の涼しさ。この大自然の癒しに包まれる安らぎは、何物にも代えがたいわね。娘と相談してみるね・・・」さてどうなるか。

 東京からの移住ボランティアを待って頑張れるか。それにしてもその方々も70代であったが・・・。

悠々の理事長が倒れたら「悠々」は無くなるかもしれない。だれもこの悠々の大胆な「横出しサービスを担う人」の代わりが居ないことを知っている。介護保険サービスがどれほど穴だらけなのか、高齢化率の激しい過疎山村の人々は知っている。

 入居者の親族の方々が死に物狂いでスタッフを探し始めていてくれるらしい。有難くて涙がこぼれる。有難くて・・・・

悠々を救い出して、さすが日本人!と世界の人々に言わせてみたい!

 それまで、がんばれ理事長!


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