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風の谷〜泰阜村   
    泰阜村に“米大統領選”激震

 信じられないことだが、隣の国の(だいぶん遠方だが)大統領選のニュースで、悠々の仲間たちは一日TVの前に釘付けになった。その姿を見て感じたこと。この国はやはり米国の属州であったか!という感、いよいよ日本に徴兵制が現実化するかという恐怖(悠々利用者は90歳以上、スタッフも戦争経験者若干名)に恐れおののいた。大事な大事な子供たち、孫たちが、戦場に行くのか・・・。あのスマホ中毒のこの子たちが銃器をもって戦場を走り回れるとは到底思えない。日本はもう駄目になるのか・・・との恐怖を人生の最後に味わった。

 それほど私たち日本は、アメリカに甘えていたのであろう。何一つ自覚しないでここまで来た。戦後71年、この幸せの代償を自分たちの子や孫らが払うことになるのだろう。

 さてそれが本当であったとしても、杞憂であったとしても我々高齢者は、やはり自分のことは自分で立つしかないのだ。かつて終戦と同時に国の紙幣は紙くずになり、ため込んだ貯金は閉鎖され、人生をかけて建てた家も財産も藻屑と消えたあの悪夢を記憶している人は、75歳以上なのだ。

 さて「悠々」がここまでやり続けてきた「お年寄りでも障碍者でも、最後まで安心して暮らすために」という夢の実現が、本気で問われる時代がそこまで来ている。平和な時代だからこそ、夢をおいかけるというそんな贅沢が許されたのだ。そんな気がする。

 

皆様はどう考えるか。今度こそ真剣にお知恵を拝借したい! 

 

風の谷〜泰阜村   秋色に染まって

 悠々の庭を華やかに彩っていたコスモスが枯れ、里山のあちこちで、華が咲いたかとしばし見とれるような渋柿の実が、美しい立姿を見せる季節が来た。遠くに見えるアルプスの山に初冠雪、秋色に染まった里山の端からは落ち葉を焼く煙があちこちで登るようになった。

 稲の取り入れも一息ついて、お年寄り達が冬支度に忙しくなった。悠々のお年寄り達も庭の渋柿を採ってきては、ベランダに干し柿をつるし、黄色のかりんをもらってきては、かりん酒を作って咳止めの特効薬の準備に忙しい。

 山奥に住む炭焼きのMさんは今年も備長炭に負けないと自慢の上等な炭を持ってきてくれるだろうか、健康で炭を焼けるだろうかと年々お年を増す身を想う。

 さて今年も冬が近づいて、悠々の入居者に変化が現れた。組合員の中でも90歳を超える方々が現れ、冬の雪に閉じ込められた時、雪かきをして幹線道路(ここまでは村が大型ショベルカーを駆使して除雪をしてくれる)まで出られなくなるとの予測から、冬季入居のお申し込みが増えた。時あたかも重要介護者しか介護保険施設に入れないとの締め付けが浸透してきたからでもあろうか。村役場の福祉課からご紹介を受けて、お年寄りを連れたご家族が見学に見えるようになった。

 その少し前から昼間独居になる重度障碍者のM.K.さんや、難病を発症したM.S.さんが悠々に昼間だけ身を寄せられ、賑やかな笑い声に包まれるような雰囲気に引かれるように(その人たちのお見舞いに悠々を訪れることで悠々の温かさが口コミで広がっているようだが)村の60代、70代の青年たち(それぞれにお年寄りを抱えていたりする)が、悠々を直に見学する機会を得て、一気に様子が変わってきた。 空き部屋の確認をして、急いで予約をしたいという。悠々の空き部屋は二人部屋は満室、永住入居の方々の一人お部屋は二つ、昼間のみ利用のデイの方用には一つが開いているだけである。

 畳コーナーにも入れるといった見学者がいたが、そんなところでは心豊かな老年を到底送れないだろうとの判断からお断りしている。そして身分の隔てなく悠々は先着順である。

 昨日も、お試しお泊りをした独居のS.H.さんが一晩で気に入って、迎えに来た息子さんに「ここにずーっと居たい。もう彼方此方には行きたくない」とおしゃって、お部屋の予約をして「家族で話し合ってきます」とおしゃって帰られた。

 

 9年目の総会は今月23日である。組合員の方々に「俺たちの配当金を払えないような経営状態の責任をどうとるか」というお言葉を覚悟していたが、赤字の言い訳は、この様子では何とかなる(損益分岐点は6,7人の利用者)と言えるだろうか。

 

 長い間この日を待っていたような気もするが、この日を迎えてしまえば短かったような気もする。昔開設時に村長から「だいだらぼっちは、村民に理解されるのに20年かかったからね」と言われたことをまた思い出し、噛みしめたところである。 

風の谷〜泰阜村     
  秋本番!そしてこちらは決算・総会準備

 今年は雨が多く(台風直撃が多く?)、山の民の唯一最大の楽しみ「キノコ採り」がうまくいかない様子・・・(本音は余程でないと漏れ聞こえてこない)。普段は足が不自由なご様子のお年寄りでも、山ではカモシカが飛ぶように歩き回るらしい(目に見えるようだ)。泰阜の山は不在地主の山が殆どで止め山が少ない。そこをよ〜く知り抜いた業者とおぼしき巨大なリュックを背負った中年のおじさんたちが大勢押し寄せる。他県ナンバーの四輪駆動車がこの季節に限って大挙して押し寄せる。それでも都会人の我が家にも珍味である松茸の入った籠がベランダにそっと置かれていたことがあった(何年前だったかな〜)。仰天した夫が、都会の同級生に電話したら「こっちにも送れ」と言われ、自分の口には到底入らない500g1万円の高級品を購入して送る羽目になったこともあった。最近はその噂も聞かないので、よほどの不作なのかもしれない。

 さて10月に入った。我が「悠々」の決算月は9月末日、総会は11月23日と決まった。第9回目の総会開催である。

昨年の総会の来賓あいさつで、村長が「よくここまでやってこられた・・・」とのご挨拶を頂いたが、今年はその心配に倍する経営状態である。貧しい過疎の村の住民にとって、税金は上がるし、社会保険料は上がるし、サービスは削られる。本当の世の中とTVで国会中継でみる風景とはどうも違うようだ。

 しかし貧しかろうと季節は廻り、黄金色の稲穂がなんとか台風被害も逃れられ収穫の秋が来た。村民が楽しみにしている山の幸の恵み(雑キノコはまだある)が手に入り暫しの間笑顔がこぼれる。

 その中で「悠々」の存在が少しづつ口コミで知れ渡るようになり、私たちの介護保険サービスの隙間産業がとても大切なものらしいと理解されるようになってきた。

 緊急時(24時間オンコール)の通院の付き添い(無料)、悠々食堂のランチ(@500円)、ケア付き入浴(@500円)、無料お茶付生活相談(愚痴OK)、体調悪化時のケア付きショートステイ(5千円/日)、体調の悪い方の昼間のリハビリを兼ねたデイサロン(無料ー休憩のための個室も利用可)も好評である。これに加えて近日大評判の月1回の「生活リハビリ教室」や出張美容(無料貸会場なので、カット@2千円・月1回)などすべて送迎(無料)付きである。時々お泊りの視察をも承っており、持ち込み可のお酒を楽しみながら、包括的地域医療&ケア談義に夜中まで話に花が咲き・・・なぜかゆったりと癒されたと満足して帰途に就かれる。

 従って入居施設ではないので入居者は少ないが、その他の小さな雑事でスタッフ(常勤4名、非常勤1名)はてんてこ舞いである。

できるだけ家にいて、助けてほしいときだけ助けてほしいことを助ける。本当に必要なことは小さなことで、そんなにしばしばおこることではないらしい。それが起こったときはおそらくターミナルで、その時こそ「悠々」で最期まで人として大切にしてもらえるケアをやったと言い切れるし、これからもその日のために私たちは存在していると思っている。今回の総会はこのように報告したいと思っている。

風の谷〜泰阜村    
    悠々の風景〜「生活リハビリ教室」に風が吹く

 秋の彼岸が近づいて、里山にススキの穂がゆれ街道沿いのコスモスが美しく彩を添えると、わが村の秋の訪れを感じる。しかしその密やかな喜びの一方で、次々と襲い掛かる台風に怯えながらも被災地の惨状をTVで見つめながら、次は自分の番かもしれないと、避難場所やその土砂崩れの危険個所の可能性などを語るお年寄りの話に耳を傾ける。

 悠々では、今日第6回を迎える「生活リハビリ教室」に口コミ参加者があちこちから一人二人と増え始めた。最初は理事のリハビリ医師の声掛けに答えて、悠々の周りのご近所さんたちの月1回の「体の心配と認知症への心配」に答える形での集まりであった。

「生活リハビリ教室」では、まずH先生から診察のあとに「養生のお話し」コーナーがある。これまでは「腰痛の養生・自分でできるストレッチ体操」、「夜中に足がつる時のほぐし方」、「体のツボへの爪もみ養生」等々、病院では相手にもされない山国のお年寄りの悩みに応えて、みんなで一緒に練習をする。その間に日本でも指折りの義肢装具士の資格を持つ理学療法士さんによるリハビリ評価と、五十肩に効く「アイロン体操」や、年季の入った脳卒中の方への装具、補装具のアドバイスやノルディックウォーキングの指導や、医師と一緒に頚椎症による四肢麻痺の方への四輪駆動電動カートの乗車評価と指導等々、一人一人にあった手当てをして下さることが評判で、かなり広い範囲での参加者が増えた。もちろん悠々得意の無料診療の医療・生活相談である。「月に1回のその日が楽しみで待ち遠しい」という声も聞かれるほどで、嬉しいことである。

 参加費はワンコイン(500円)での悠々ランチ代である。私たち悠々スタッフは1週間ぐらい前から、今度はどんなご馳走を作ってお年寄りをびっくりさせたり、「美味しい!」と言う声とその笑顔見たさに知恵を絞る。

 その成果もあって、悠々食堂に平日や土日にご近所さんを誘って悠々ランチを食べにくるお年寄りがちらほら見えるようになった。

また、お体が不自由になったり、昼間独居になるお年寄りが朝夕の送迎付きで、朝9時〜3時のお茶の後まで悠々で過ごすようになった。理由は昼間働きに出かけて留守の間、転倒や急な発作が心配なのと昼食でバランスの取れた悠々ランチが食べられることである。家族は安心して悠々に昼間の健康管理や見守りをしてもらえ、本人も家でベッドでTVをみるだけの生活より楽しいということで進んで悠々にやってくる。これももちろんワンコイン(500円)の悠々ランチ代のみである。ちなみに送迎付きだが送迎代は無料。時々誰かが置いていった特大の手招き猫貯金箱に、チヤリンと音がして心ばかりの(と本人たちが言う)寄付金が入れられる。

 今はお二人のお年寄りの自主訓練の場としてリハビリ(ロビーや芝生の庭での歩行訓練)に利用されている。・・・何と効果が上がっている。四肢麻痺が改善してきた。がんの治療中のリハビリも効果がありそう。嬉しいことである。

 悠々を開所して9年目に入った。当初の目的が少しづつ見える形になってきた。家族に強制されてではなく、自ら望んでお年寄りが自宅で安心して暮らし続けるために、手助けをしたい。その願いが形になってきた。長いようで短い年月である。

風の谷〜泰阜村
 〜地域の絆に助けられて〜

 36年前、泰阜村の深い森に囲まれた1軒の空き家(標高600m?)を借り、天竜川沿いの伊那谷を一望できるその景色に「日本のふるさとの原風景」を感じ、心奪われてそこに居付き勤務先から休み毎に通って子育てをした。

 そのころは30代で元気いっぱい、野山を闊歩し草刈も自力、子供たち(2歳と6歳)もマムシの巣と噂される野山を走り回って・・・有難いことに何の事故もなく、成長し一人前になった今も、自分たちのふるさとと自覚して休みには帰ってくるようになった。36年前と景色はどこも変わっていなくて・・・。違うところは不在地主の荒れ果てた空き家と耕作放棄地が目立つかな・・・。

 私たちも年を取り60代70代となった。家も水回りが壊れ、順番に手直しが必要となった。それよりもお隣の広大な不在地主の空き家とその庭に生い茂った蔦とぎっしりと密集した竹林は、動物の巣となり、そこを前線基地として暴れまわるようになった。散歩途中で猿軍団に出会ったときは、木々を伝って追いかけながら脅してくるサルたちと目を合わさず、人間と子犬が全力で家に逃げ帰って家の戸を閉め、鍵をかけ震えているという現状に至った。

 緑深い癒しの森が少しづつ少しづつ原生林に戻って、人間が追い払われているのかもしれないと感じた。

 それはまた、冬に雪が降ると竹林が覆いかぶさって道路が封鎖され、通行不能になり閉じ込められるという恐怖のもとにもなっていたのだが、それを救わんと、昨日猛暑の中を(日当りは39度もある)村の青年団(60代と70代)の40人近くの人たちが、広大な不在地主の道路添いの竹林の伐採を3時間もかけて、汗まみれになって片付けてくれた。もちろんボランティアである。

さっぱりと明るくなった道路沿いの風景を見て、本物の「地域の絆」とはこのようなものなのだと感動した。

 力のない都会人の自分たち夫婦はよろよろとついて歩くだけであったが、この日を体験して、泰阜村のすごさ、泰阜村は滅びないと確信した。

 村人の中に困っている人々がいれば、村中の若者(40代から70代)が区長の一声でチェンソー、ビーバー、鉈、鎌持参で、雨が降ろうが、雪が降ろうが、炎天下であろうが集まって、助けてくれる。

都会でこのような安心があるのだろうか。周りに住んでいる人々が、自分たちの安全を見守り困っているときには飛んできてくれる。

 そして自分が出来ることは自分でする。各自が精一杯自立して生きていく。アクセスから取り残されたこんな村が、「東京から最も遠い島」と揶揄される泰阜村が、実はこの世の「人が生きていくとはどういうことか」を示す原点なのかもしれないと、有難さに頭を下げながら感じたことであった。泰阜村万歳!有難うございました。 

風の谷〜泰阜村   
     視察〜大学生からの質問状〜

 悠々は開設当初から多くの視察団をお受けしている。開所から8年を過ぎた現在では質問の趣旨に変化が見えてきた。世の中にサービス付き高齢者住宅(サ高住)が増えて、あちこちでその問題点を耳にするからであろう。

介護保険が始まった2000年以降、特養の他に、まず認知症者のための日本型グループホームができた。発祥の地デンマークのそれとは似ても似つかないアパート型で、各階に鍵のついたエレベーター、危険なものはみな仕舞われ殺風景な空間の中に、途方に暮れたような入居者の姿があった。ワンフロア―の定員は9名。この方々をスタッフ1名で看る。デンマークのそれは、古い空屋を借り、そこにご近所さんたちが集まってみんな(顔見知り)でケアした。

 グループホームの可否は明白で、次には高齢者専用賃貸住宅(高専賃)が現れた。本人らしい生活を重視し、必要なケアを外部から取り入れる方式である。しかしこれにも問題があり、多くのケアを必要とする入居者たちの孤立(見知らぬ土地に作られた分譲マンション型が多い)の問題である。見知らぬ土地で顔見知りもなく、寂しさのあまり契約した訪問ヘルパーがやってくると、契約以外にあれこれと支援のお願いが発生していた。そしてこれを受け、サービス付き高齢者住宅(サ高住)が作られるようになった。しかし、次々と現れる問題の原点は、たとえ年をとって不自由になっても、普通の暮らしにあるような人間らしい交流無しには、人は生きていけないという、根本的なことが欠落していることに目をつぶっているからではないか、と思う。

 その中で悠々には様々な疑問をもった視察者が訪れる。有難くももったいないことと思っている。しかしこの問題は1時間や2時間の理事長のつたない説明では、理解が出来ないのではないかとつねずね感じていたのであるが、この度(9月14日)N大学の学生が、視察に当たってあらかじめ質問状を送ってきた。

 それは将来福祉分野の仕事に就くことを希望している若者らしく、現代の福祉が抱えている問題点をふまえた上で、悠々はそれにどう応えているのかと、鋭く切り込んだ質問であった。その質問状を読んで、大学でどのような講義をうけ何を学んでいるのかがみえてきて、興奮した。こんな学生が将来の日本の福祉を背負ってくれるのだとの感動である。あまりにも素晴らしいのでご紹介したい。

 以下は、質問状の概要である。

【全体にかかわって】

 ・悠々の趣旨「もう国に頼らず」とは具体的には何か

 ・企業組合で経営は成り立つのか、その運営について

 ・悠々の建物の建設にあたって配慮したこと

 ・村の福祉政策と競合したときの対応

 ・悠々運営にあたって大切にしていること(こだわり)

【事業運営について】

 ・事業目的の「ふるさと治癒力の機能の活性化を図る」の「ふるさと治癒力」とは?

 ・「地縁の掘り起こし」とは何か。具体例を・・・

 ・「おばあちゃんの子育て事業」おばあちゃんの平均年齢は?支援で困ることは?

 ・携帯メール教室とは?

 ・「生活リハビリ事業」とは、システムとなぜこれが無料なのか?

 ・発達障害児のリハビリの内容を具体的に・・・

【悠々の利用について】

 ・現在の利用者の人数、年齢層

 ・永住入居者の介護保険利用状況

 ・永住入居者の利用料と民宿(一般利用者)との料金の相違・仕組みについて

 ・だれでも介護保険に関係なく利用できるとあるが、利用料5千円は負担ではないか

 ・ショートステイの利用頻度・その状況について

                          以上

 

 

 

風の谷〜泰阜村   
    初秋

 真昼の酷暑の中で、泰阜の男たちが働いている。今は夏野菜の収穫と出荷、その合間を縫ってお盆の前の草刈に汗を流す。去年は多くのお年寄りが往かれた。そのご先祖の霊をお迎えするために、泰阜村はきれいに手入れされた里山の美しい姿を垣間見せる。

 朝晩の涼しさは初秋を思わせる。山から涼風が吹き降りてきて「戸を閉めて夏掛けを被って寝ないと風をひくよ」と年寄りがいう。里山のあちこちに秋の七草が顔を見せ彩を添える。カナカナゼミが鳴き、撫子の薄紅色、女郎花の黄色、萩の紅色・・・そして里山の至る所に山百合が咲き誇る。あと半月もしたら初盆参りに村の残された人々が走り回るのだろうか。

 

 

 今年は悠々も例年の「盆踊り」を再開して、悠々で看取ったあの方、この方を偲ぼうか・・・と思う。

さて、その中で田本部落の「生活リハビリ教室」が第4回を迎える。20名ほどの参加者で広い悠々もいっぱいになるが、今度のDr.本田先生の「養生のお話し」コーナーでは「こむら返り」のお話が伺える。聞いてみたら参加者の殆どが、夜就寝中に、このこむら返りで目が覚めしばらく苦しんでいるという。こんなこと病院の医者が相手にしてくれないということで、Dr.本田先生が「こむら返りが起こったら」というお話をしてくれるというので参加者が喜んだ。基本的には筋力に耐えきれないほど働いているということだが、加えて水分不足ということである。

 ついで今回の悠々ランチメニューは、「さっぱり夏野菜のスパイシーカレー+たことキュウリの酢の物+トウモロコシの唐揚げ+キュウリのからし漬け」である。今回は、いつも土日勤務で参加できなかったお父さんが、その「悠々ランチ」の試食と「たまにはおれもゆっくりするか」と飛び入りでの参加を申し出た。

 毎回何が出るかわからない「悠々ランチ」を皆楽しみにしていて、レシピも欲しいという声が聞かれるのが嬉しい。

今回は、うわさを聞いて飛び入りで4名の方の見学参加がある予定だ。

病気になってから手当てするのではなく、「病気にならないように日々養生を心掛けて、死ぬまで元気で家で死にたい」を応援することが、Dr.本田先生の熱い願いである。

 

風の谷〜泰阜村   
  猛暑の夏に悠々のお年寄りが・・・

 この村の村長さんは、村民に向けて毎月村長レポート(天下の名文)を書いている(毎月各戸に配布)。それを村民の多くが楽しみに読んでいるという。私もその一人だ。その中で「高齢者の方が『藤の花のきれいな年は、災害がある』といっていたと聞きました。・・・飯田下伊那ではしばらく大災害がないだけに、心の中では、そろそろかなあ、という不安を持っています。」と村民にもそれとなく災害への備えをうながす。

 最近のこの猛暑と午後にやってくるスコールのようなにわか雨を眺めながら、気候が亜熱帯に変わっていく恐怖を感じる。そしてこの湿度の高い高温の中で働くお年寄りが、つぎつぎと熱中症で倒れていくのを聞くにつけ、クーラーを付けずに部屋で過ごしているお年寄りの身をも思う。

 我が悠々では室温28℃を超えた時点で全館冷房が入る。それでも広々とした部屋の中にいるお年寄りでさえ、体力のない人から弱っていく。悠々でも90代に入られた脳梗塞の既往のあるMさんが、体調を崩し診療所の医師が呼ばれた。家族と施設管理者の私、担当看護師が集まり、今後悠々で最後までお世話をすることに皆が同意した。

 特に診療所医師のS先生が、「悠々は今までに看取りの経験があるし、本人が5年も過ごしたこの場で、家族にも見守られながら最後を送るのが一番幸せだと思う」と言葉を添えられた。

 声掛けには反応するが、一日の殆どを眠って過ごすMさん。最後が近づいたことをスタッフ一同心に感じ、気を引き締めた。全力を尽くしてお世話をすることに一同頷き合った。

 皆がそれとなくお顔を覗きに行く、水分補給に気を付け、できるだけこまめに口に運ぶ。元気だったころ大好きだったと聞くと、スタッフが気がつくままに調達しては口に運ぶ。常駐3人がかりの家族で抱えるようなものである。

 スタッフの心には、Mさんへの愛がむくむくと膨らんでくるのを感じる。

今後何か月続くかわからぬが、Mさんの最後の日々がいつも幸せであるように願っている。

 

風の谷〜泰阜村   
   過疎山村の「生活リハビリ教室」

 毎月、小さな部落集団ごとに「生活リハビリ教室」を始めている。それが今月で第3回になる。
先日そのプログラムを一軒一軒配って歩きながら、体調やその家族の安否確認をして歩いた。80代のご夫婦は、知り合いの病気見舞いで忙しいといわれる。あ〜次々と倒れられるのだ。熱中症が多いらしい。どこの農家もそうだが、残された老夫婦のみで広大な(それも棚田だ)田畑の維持管理をやっていて倒れるのだ。熱中症対策についていろいろお話するのだが、若いころからやってきた習慣を変えることは難しいらしい。その一つ、「田畑に行くときには必ず水筒を持って行く、最低2時間ごとには日陰で休憩して、種抜きのチョッと甘い梅干しを舐め乍ら冷たい麦茶or水orお茶を飲む」その二つ、「できたら、曲がった背中や腰を思い切り伸ばしてストレッチ運動を5回ぐらいする」この二つだ。皆私の手前「うんうん」という。だが長続きしない。今までそんなことやりもしないで、炎天下もう少し、もう少しとやり続けて、なんだか気分が悪くなってふらふらと家にたどり着いて(辿り着けたらまだ助かる)家族に病院に連れて行ってもらう(家族がいれば・・・)。熱中症で入院となる。1日、2日の入院で元気になると、その足で田んぼか畑に出かけている。(もちろん水筒なんか持たない)これが年寄りに多い。まだ60代の若い人たちはちゃんと水分補給をしているので(それに若いので)倒れた人をあまり聞かない。
 さて、そのようなお年寄りたちを集めて実施している月1回の「生活リハビリ教室」開催だ。
ご案内を配って歩いたら、たまたまご主人が畑仕事をしているのに出会った。自分は土日は働いているので、参加できないが、家内のやつが「昼飯がやけにうまいうまいというので、わしも食いたいが、参加できないので自分にも分けてもらえないか」と言うので、お弁当を持たせる約束をした。9年目にして「悠々食堂」に注文が飛び込んだというビックニュースである。
 村の人たちは、悠々食堂があることさえも知らないし、ましてやお弁当を配達することも知らないらしい。早速「クーラーボックス」を用意することにした。老夫婦で働いているので、疲れ果ててろくなものを調理しないらしい。年寄りが低栄養になっていく要因である。
 普通の弁当をワンコインで配達する。実はこれが夢だったのだ。
 みんなが口コミで「悠々食堂」の弁当配達を利用するようになったら、私の夢が実現する。過疎山村のお年寄りに一日一回はバランスの取れた栄養価の高い食べ物をできるだけ食べさせたい。病気にならずに最後まで家で働きながら・・・倒れるまで暮らせる。
悠々の最大の事業目標である。村人が「最後まで安心して自分らしい人生を送れる」この夢の実現のためにこそ、悠々は作られ、頑張っているのだから。

風の谷〜泰阜村   
   緑の風に吹かれて

 悠々での暮らしが長くなった永住入居のお年寄りたちが、95歳に近くなると人格の崩壊が少しずつ進んでくるのが感じられる。もうTVと現実の世界の境界は薄れ、季節や時間の感覚も薄れ、ゆっくりとケアスタッフの腕の中で眠っては起きて食べ、少しずつ少しづつ活動時間が減ってきて、眠りについている時間が増えていっている。
 悠々の理事たちも後期高齢期に突入したお二人が、脱水症や病を得て入退院を繰り返すようになった。
この事態を管理者としてどうするか?泰阜の深い緑に包まれながら、模索する。
 この地では、森の中に咲く笹百合の高貴な薄紅色に慰められ、小鳥たちのさえずりのシャワーに勇気づけられ、悠々を訪れる視察の方々に励まされてあと一歩前に進もうと思う。
 先日、日本リハビリテーション医学会で泰阜村の調査結果を発表する機会を得た。その作業の中で、この過疎山村に住む人々の特にお年寄りの生き様をまざまざと感じ感動のあまり言葉を失うことがしばしばあった。そしてそれを学会で発表した。
 私の発表セクションは「地域リハビリ」分野であったのだが、リハビリテーション医療の最前線で戦っている現場の医師たちが、僻地医療(特にリハビリ医療)の最中にあるこの村のお年寄りの実に89%が在宅で介護され亡くなっている事実に感動した。
この村のすさまじい医療環境にあるお年寄りのQOL(幸せ度)が全国平均と比べて同じくらいであること、そして独居であろうと亡くなる直前まで家で過ごし、急変して病院に担ぎ込まれても2,3,日でコトンと逝かれることを「お年寄りたちが、自然の理として受け止めているのは何なんだ」と尋ねられ、「データーからはそれを証明できないのが残念ですが、覚悟です。大自然の一部でもある生き物として自分の死を理として受け止めている覚悟があります。」と答えた。

 この村の多くのお年寄りたちは、働いて働いて死ぬ間際まで働いて、それを苦にもせず、85歳を過ぎると「次はわしの番かな」という。暑い夏が来て熱中症でバタバタと担ぎ込まれるけれど、2,3日して危機を脱すると、その足でもう田んぼや畑に出かけている。
山の奥深くで人知れず古木が朽ちて倒れるように、この村のお年寄りが今年の夏もどれだけ往かれるのかを思う。
 そして後に残されるものは・・・・寂しくてたまらない。

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