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風の谷〜泰阜村  
  TV「世界百人村」からのメッセージ

今日、TVドキュメント番組「世界がもし百人の村だったらパート5.」を見ました。これまでのパート1.から今回のパート5.までの全てが、世界の中で今現実に子供たちの身の上で起こっている事実を伝えています。
・ロシアの10歳の少年兵の涙の意味、
・地下15メートルの砂金堀の井戸の底で、飢えと薄い空気の中で重労働に耐えるエチオピアの9歳の少年の汗の意味、
・ごみ山でごみを漁ってお金に換えても、アパート代とお母さんの薬代に消えてしまう、飢えた14歳の少女と二人の弟の労働の意味について深く、深く考えました。

世界中にいるこれらの子供たちのために、私がなすべきことは何だったのでしょうか?
 私がこれらの子供たちのことを知らなかった。知るための努力をしなかったことがあります。
 瀬戸内寂照さんは「無知は罪です」とおっしゃいました。
 この子供たちを守らなければ、確実にこの地球村に未来はありません。
 これらの子供たちの不幸は、愛する家族が病気や、事故で死んだり、
 麻薬やアルコールにおぼれて虐待を繰り返すことで、家族としての機能が壊れたことから始まりました。
今、私たちができることは何かについて、考えたい。そして一つでもいいから何かを始めたいと思います。
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風の谷〜泰阜村  
  ももちゃんとみっちゃんのママのこと

毎週金曜日、往復2時間かけて教えに行っている短大で、一人の素敵な学生に出会いました。
 今日はその素敵な学生Kさん、障害をもって生まれたももちゃんと今年小学校1年になったみっちゃんのママについてお話します。
Kさんは毎回の講義でお会いするたびに、キラキラした目で真剣に授業を聞いています。その姿は、教師である私に1回1回の授業をどれほど真剣に、全力を尽くして教えることをが必要かについて気づかせてくれる不思議な魅力を持った学生でした。
 長野県の地方都市にあるその短大の学生たちの殆どは、車椅子で元気に走り回る障害者を一度も目にしたことがありません。また、視覚障害者が盲導犬を連れて自由に当たり前のように活動している姿を見た事もありません。
 この学生たちにノーマライゼーションについて質問すると、「普通の人と同じように地域で暮らすこと」という教科書的な答えが返ってくるだけです。
 「障害者が普通に暮らすって、具体的にどんなこと?」と聞いても、頭をかしげて「さあ〜?」というだけで応えられません。
 そこで私の授業では、できるだけ毎回ビデオを使って、実際にさまざまな障害者がどのように暮らしているのかをその目で確かめながら、毎回授業の終りに、授業の概要とそこで感じたこと、学んだことを書いてもらうことにしています。そしてこの感想文には1回につき各々1点の配点がつきます。
 そのせいかどうか学生は、VIDEOで現実の福祉対象者の姿を目の前にした感動を、自分の言葉で表現して一人ひとりが私に届けてくれるのです。
 その学生達のドキドキは、毎回こちらに伝わって、私を感動させてくれます。これが教師冥利に尽きるというものなのでしょう。往復2時間の疲れは、いつも「会いに行ってよかった!」という満足感と喜びに変わっています。
 その中で、このももチャンとみっチャンのママは、「先生のこの授業を受けられただけでもこの大学に来てよかった」といってくれたのです。しかし、その言葉をこの素敵なママに言わせたのは、じつはVIDEO の中の、お年寄りや障害者や子供たちなのです。
 障害に負けないで、どんな悲惨な運命にも負けないで命がけで生きている、映像の中の一人ひとりの姿が、私達にも生きていくことの勇気と、その方法を教えてくれているのだと思っています。
  私はそのことを、みんなのもとに届ける郵便配達なのだと思います。
 学生一人ひとりの感動を目の前にして、私にあたえられた今日の使命を感じます。
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風の谷〜泰阜村  
   DVD「山の郵便配達夫」からの連想

 一昨日、1999年度中国金鶏賞(中国アカデミー賞)で最優秀作品賞に輝き、日本でもロングランした、フォン・ジェンチイ監督「山の郵便配達」のDVDを見つけました日本での上映中、あまりにも多忙のため見る機会を逸したまま、長い間せめてDVDでもと捜し求めていたものでした。定価は3980円でしたが、エイっとばかりに注文して早速取り寄せて鑑賞することができました
 この映画は、1980年代の中国奥地の年老いた郵便配達夫が、自分の息子にその後を継がせるために、最後の郵便配達に出かける物語です。出かけてから家に帰ってくるのに1週間もかかる仕事です。重い郵便を背負って険しい山道をよじ登ったり、大切な郵便の入った重いバックを頭に載せ、氷のように冷たい川をわたりながら、山奥の村の一軒一軒に郵便を届けるのです。
 この厳しい仕事に息子が疑問を感じて、「どうしてこんな仕事を何十年間も続けたのか」と父親に問いかけるシーンがあります。父親は「これを最後にしてもいいんだ」と答えました。
 しかし次々と山奥で郵便を待っている人々との暖かい心の交流を通して、人間にとって働くことの意味とその価値が何かを息子が悟っていくのです。観ていて心がふんわりと暖かく、優しさに包まれていくのを感じました。
 経済発展から取り残された中国奥地での、唯一のコミニュケーションが一通の郵便であることを、今あらためて重いものとして受け止めました。
 泰阜村の一人暮らしのお年寄り調査でも、月3万円の年金で、5千円の電話代がかかってしまう生活があることを思い起こしていました。「さみしいから、つい電話をかけてしまうのだよ。たまには人間の声が聞きたくて・・・」
 多くのお年寄りが、人間とのふれあいを渇望している事実の重さに、心が痛みます。
泰阜村のお年寄りにもう「さみしいから・・・」と言わせたくない。そのためにはどうしたらよいのかを考えて「高齢者協同企業組合 泰阜」を作りました。
 「人は一人では生きていけない。一人ぼっちでは生きていく価値を感じない。」
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風の谷〜泰阜村  
泰阜村からのメッセージ

このたび人口2000人の小さな村に、年を取っていても障害があっても子供でも、幸せに暮らすための共同体を作ることに致しました。
  それが「高齢者協同企業組合 泰阜(やすおか)」です。私 本田玖美子が初代理事長に決まりました。

このブログを始めたのは、これからは泰阜村と村外に暮らす協同組合員の一人ひとりの方々に、これから出来るこの共同体が毎日どのような作業を積み重ねて出来上がっていくのかを、共に見守り考えて頂きたいからです。

 今日は、なぜ泰阜村に協同組合を作ることになったのか、そのいきさつについてお話したいと思います。これを読まれた方は自分の感じたことを私にも伝えてください。そのようにして一人ひとりの心が繋がって新しい泰阜村が生まれ変わるのです。みんなで一緒に始めましょう。

 「27年前の夏、子供のためのサマースクールに、6歳の長男と2歳の長女と参加したのが、私と泰阜村との出会いでした。ゆったりと流れる天竜川の南斜面に広がった伊那谷は私にとってずっと捜し求めていた「日本のふるさとの原風景」でした。この村が気に入った私は、すぐに借家を探してもらいました。次の週には現在の田本の東にある古い農家の空き家をお借りすることになりました。

 名古屋から毎週のように子供たちや友人のご家族を誘って通いました。それから27年一度も退屈したり、いやだと思ったことはありません。村で出会う全ての人が、いつも私たちを見守り、笑顔で迎え続けてくれたからです。これから私が残された人生をかけるのは、そんな村のお年寄りへのご恩返しなのです。」

 

風の谷〜泰阜村
 人間が生きるとは何か・・・

泰阜村に住んで お年寄りたちに教えられていることがある.
 人間が生きるとは 何なのかを.

「悠々」に入居するお年よりはみな「死にたがり」である.
「こんな年まで生きてしまって,こんな山奥に捨てられて・・・」と言う.
たまに訪れる自分の家族にはこんな事は言わない.らしい・・・

「悠々」のスタッフ一同心に決めている原則がある.
「プロとして一つ一つのケアに全力を尽くして優しくあろう!」と誓い合う.

優しさとは,難しい事でもあるし当たり前の事でしかないことでもある.
 要介護5でも,排泄はトイレでする.
 お風呂はスタッフと一緒に普通の風呂にはいる.
 希望すれば家族と一緒に入れる.(ついこのあいだ混浴可能になった)
 食事はスタッフや村の訪問者といつも一緒に,おしゃべりしながら同じものを頂く.
 (少し柔らかかったり,小さく刻んであったりするが,形態はみな同じ) 
健康管理のため1月に1回病院で受診する.
 (運がよければ待合室で近隣の顔見知りに出会える.)
 「交流サロン悠々」にはいろんな暮らしのサービスがあって,村のいろんな人たちが出入りしている.
 おしゃべりしたくなったら部屋から出てきて,「わしも仲間に入れてくれ」という.
耳の遠くなった91歳のKさんは「遠聴機みみ太郎」で会話の仲間入りが可能となった.
 暮れの「杵つきもち大会」で大きなもちを食べたがるお年寄りたちに、命がけでびくびくしながら三つも食べる事を許してしまったりした.
 でも年よりたちは,昔のように大好きなもちを,「腹いっぱい食べさせてくれなかった」と,いつまでもぐちを繰り返している.
まだ元気で「悠々」に入れないお年寄りたちが集まってきては,「わいわい」「がやがや」と悠々の住民との交流を楽しんでいる.
「わしらも必ずここに入れてくれや」と理事長に頼んで帰る.
人間の幸せとは,優しさに支えられ,いつものように普通の生活を継続できることなのかも知れない.
人間はこの宇宙の大自然の一員である事.

 一員でしかないことを.
 1+1=2ではないことを.
見えないものを感じ取る事を教えられた.
これらのことは
  戦後教育ではこれまで誰も教えなかったことであった.

泰阜村は真っ白な雪に包まれ、
 大自然とともに冬眠しているような季節となった。
訪れる人も少なく、
 トロトロと燃える薪ストーブの前で、ゆっくりと漫画に夢中のお年寄りが一人・・・-----


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