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風の谷〜泰阜村   
 支える会のこと

錦色に染まる泰阜の谷を 初霜が真っ白に覆った朝.理事長就任以来初めて38度の発熱でダウンした.
  開所以来 夢中で走り続けてきた日々,1円の運営補助金もなく企業として在ることとは,ずっと走り続ける事なのだと知った.
 これほどに凄まじい苦しみが襲い掛かると知らないではじめた事,
「無知は罪です」と寂聴さんが言っていた通りで,本当に申し訳ない事と思う.
多くの人に迷惑をかけ続けたが,それにもかかわらず,「地域交流センター悠々」と共同住宅「悠々長屋」を訪れる人たちは,
 ゆっくりと流れる時の中で,「生きている実感」を感じると言う.
いつもいつも倒れそうな【悠々】だけど,「見て居られない」と入れ替わり立ち代わりやってきた仲間たちが,
 「悠々の心」となった.
今この時期に恩師が、
 「泰阜村までは行けないけれど、何とか君を助けたい」と「本田玖美子を支える会」の発起人となって下さった.
 電話でその言葉を聞いたとたん声を上げて泣かないではいられなかった.
 なんと言う優しさ,なんという励まし,なんという救い・・・・
「人生に絶望なし」とヘレンケラーが言われたけれど、本当にそのとおりだと思う.

 さあ、みんな、元気出して、前に向かって歩いてみようよ. ネ!ネ!

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風の谷〜泰阜村
 地縁再生を考える

涼やかな秋風が 黄金色にゆれる棚田の上を吹き渡り,伊那谷に広がる野山に紅葉が始まった.
そんな秋風の中で,「地域交流センター悠々」の理事長の一日は結構忙しい.
 先日から組合員ご夫婦1組が1ヶ月の予定で入居している.
ご主人は先月脳梗塞で倒れて緊急入院し,発見と迅速な医療機関への搬送.

 専門病院での適切な治療が奏功して,目だった後遺症もなく退院し,自宅療養していた矢先だった.
甲斐甲斐しく看病に当たっていた奥様が,自宅に隣接した沢(1m下のコンクリート低)に落下し,尾底骨と股関節、腰背部を強打した.2~3日は起き上がれず,療養中のご主人に抱えられて緊急に購入したポータブルトイレで用を足したとのことであった.

  4~5日経過しやっと起き上がれるようになってからご連絡があった.
 ご主人が「2~3日はがんばってみたが,もう賄がとてもできん」という理由である.
早速ご入居が始まった.
 ここでの経験談を聞きに、地元のこのご夫婦のお仲間が入れ替わりに尋ねてきた.
1)まず《3食のお食事》のこと.
*3合炊きの炊飯器持参で自炊.理由は入れ歯の不具合と口腔内のご障害のため粥に近いほど軟らかでないと食べられない.(ご主人はこれに慣れていたが,本当は美味しくないと言うが・・・),しかし夕食後の好物の寿司(蟹サラダ巻き,酢鯖の巻き寿司,マグロの握り)は食べられるようだ.
*味噌汁は味が濃いので嫌いで,自動的に薄味の澄まし汁になっている.
*普段は漬物と野菜の煮物が主菜だが,食事会の際にさしみと焼き豚が好評でリクエストされた.
2)《寝具》のこと
  ご主人は「畳に布団でないと寝た気になれない」奥様は「ベッドでないと夜中にすぐに起きれない」という理由で,奥様はベッドと寝具を持ち込まれた.
 このように基本的に畳のお部屋を準備し,そこにそれぞれの寝方を選択できる「悠々方式」は正解であった.
3) 《TVの持込と据付冷蔵庫》
  悠々では個室にTVは置いてない.しかし持ち込みは可能となっている.今回Mさんご夫妻は悠々用の小さなTVを購入し,ご主人は自室の布団で寝っころがってTVをゆうゆうと楽しんでおられた.奥様は広い「悠々」の台所や食堂を往ったり来たりしながら「ここは広くていい運動になるわ」と日に日に元気を取り戻されている.
4)《共同住宅と交流センター悠々見学会》
 入居中の奥様を尋ねて,たくさんのお年寄りが悠々見物に訪れている.ご要望にこたえて,理事長が「悠々」のご案内をさせていただいている.短期の体験入居希望者が相次いでいる.有難いことである.

《地縁再生》とは
 つい最近「理事長先生は 泰阜のおかあさんなんだよ」と言われた.
その言葉を頂いて はっと気づいたことがある.「地縁再生」の中心には「おかあさんの存在が欠かせない」ということを.

  日本のふるさとは,そこにお母さんがいるから故郷になるんだということを.

 だからお母さんには,生きている限り,朝も昼も夜も日曜も祝日も盆も正月もないのだと言うことを.

 そして給料もないんだと言うことを悟った.

 悠々では,今年のお正月に「泰阜のお年取り」を計画している.
みんなで薪ストーブと掘りごたつを囲んで,「地縁」で結ばれた家族が集まっておご馳走をいただく.

それからNHKの紅白が終わったら,みんなでお寺の除夜の鐘を突きに行き,そのまま地元の神社に初詣に出かける.
 元旦の朝は地域の元旦マラソンに参加するぞ〜!!
 

風の谷〜泰阜村 
 「地縁」再生の秘訣とは・・・

8月のお盆が終わって,泰阜の野山はひっそりと秋に向かっている.
 朝夕に子犬を連れて家の周の森に入ると,秋の山野草の群にあちこちで出会うようになった.
今朝は道端から,仏様のために桔梗,女郎花,撫子と名も知らない白い可憐な花を頂いた.
棚田では心配された病虫害の被害を何とか免れた稲が,重そうに頭を垂れ黄金色に染まり始めた.
 農家の集まりでは 秋の取り入れの話題が口に上るようになった.
そんなゆったりと流れている泰阜の秋の真ん中で,
 高齢者協同企業組合泰阜の「高齢者共同住宅」と「地域交流センター悠々」の開所以来3ヶ月の歩みは、
「共同住宅」へのお試しお泊り事業と「地域交流センター悠々」での,さまざまな交流事業を通して

 地域の人々と都会のボランティアさんたちのかけがえのない「癒しのふるさと」つくりになっている.  

 

昨夜は 埼玉県越谷から毎月1週間泊り込みでボランティアを買って来ているMaさんご夫婦が,
 毎月恒例開催となった組合員有志でつくった「悠々の会」盆踊り大会に参加した.

  お二人は「誠実で暖かな 冗談が飛び交う交流会」の魅力にすっかり夢中になった.
この宵は,「悠々の会」会長が脳梗塞で倒れて緊急入院し,後遺症もなく退院してお元気なお姿を見せた快気祝いとなった.

参加者のお一人Miさんは,この地域でなくなってしまった「盆踊り大会を復活させよう」と提案した.

  毎年この日のために皆で盆踊りの特訓をすることが暗黙の内に決まった.
  恒例の「カラオケ」が始まった.この村の人たちは集まると「カラオケ」が恒例らしい.
この日の「悠々」では本物の手拍子しかない「カラオケ」となった.
 結果は無残にも だれも歌詞を覚えていないことが判明した.
 組合顧問のHo先生は,「よし!僕がみんなのために『カラオケセット』を寄付するぞ!」と叫んだ.
一月に1度だけれど,顔見知りの村人が集まって 一晩をゆっくりと共有する『地縁』.
 いつの間にかなくなってしまったいつもの夏祭り,「盆踊り」や「カラオケ大会」や「年越し」を,
この地域交流センターでやりたいと みんなが思った.
豊かな自然に包まれた泰阜の地に,辛抱強く優しい 父や母たちが,残りの人生を身を寄せ合って暮らし始めた.
 泰阜村田本集落,
 この地を選んだことは 間違いではなかった.
 この地でこのような父・母に囲まれ 愛されて,
 人としての一生を終えることが出る幸せを 感じている.

「まちづくり交付金」
 このような本物の地縁再生の試みを寛大な心で許してくださった,
 日本の国土交通省の担当者様
 そして 泰阜村と松島貞治村長
心から深くお礼を申し上げます.お金がなくてもみんなで支えあえば幸せになれる.

10月から高齢者7人の共同住宅への入居が始まります。
 条件は この「悠々の会」のお仲間に迎えられること かな?
 皆様のひとにぎりの善意もご一緒に,どうぞよろしくお願いいたします.

            理事長 本田玖美子

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風の谷〜泰阜村  
 泰阜の盆まいり

8月14日の夕べ 初盆参りを経験した.
 ご親戚一同と同じ集落(組)の仲間たちが,ご仏壇から移す灯を 
 墓に続く道筋に立てられたろうそくに次々と灯しながら,お墓へと行列し おばあちゃんの霊魂をお迎えした.
 初秋の夕風が吹き通る 美しい迎え火の祭り,
1年前に90代で長寿を全うされた母について,仏間で持たれた宴席で 長男がふと述懐した.
 「自分が育ったころ,この家はいつもいつも 満州からの引揚者や戦火で家を焼かれた人たちで一杯だった.

  母は 何回もご飯を炊いて皆に食べさせていた.
 父と母は そういう人だった.
 自分は それらの人たちから可愛がられて育ったと思う」

この夜 組合の重鎮の一人が,偉大な父母にこのように育てられていたのだと知った.
 組合がめざす「支えあい」の精神は,この貧しい泰阜の地で このように育まれていたのだった.
生半可な優しさなど通用しないこの時代にあって,
 この父母に育てられた子供や孫たちがいる限り,泰阜で始まった「支えあい」の精神のともし火は 消えないと思う.
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風の谷〜泰阜  
 ホームページ更新!

開所式から3ヶ月経過して 
 やっと,とうとう,ホームページ更新が成った!
 たった3ヶ月に過ぎないが、長い道のりであった.本気で 何度も 死ぬかと思った.
 でも その度に 思いもよらぬ救い主が現れて,私と仲間たちが 救われた.
田舎暮らしを体験したことのない 余所者の理事長は,敷地面積1364坪 延床面積191坪 の広大な住宅の運営管理を,
 気がつけば ほんのわずかな仲間たちで,船出してしまったのだと解った。
結果として「授かった」総桧作りの建物を,自分たちの力で 貧しい村のお年寄りのために運営することは,途方もなく困難なことかもしれない.私を支える仲間たちもそれぞれに,村民からの厳しい試練を受けることとなった.
 開所以来 高齢者協同企業組合泰阜には,寄付金も補助金も一切なく,村民の事業への参加も少ない.
 あるのは介護施設入所への待機の列に並ぶお年寄りと,その家族からの問い合わせ.
 村全体が貧しく,村民のほとんどが日曜も祝日もなく働いているので,ボランティアをする時間的余裕もないのだった.
 生涯のほとんどを都会生活で過ごしたことが,この村では 当たり前ではないことを知った.
今、私は休日というものと程遠い生活の中にある.
 殆どの泰阜村民がそうであるように,私も当たり前のように いつも働いている.
先週 管轄下にある飯田保健所のご指導を受けた.
 「交流事業の殆どが 法律違反になる」とのご指摘であった.
 「知らぬことも罪である」と言われ,対応に終われる毎日となった.
適応されるそれらの法律のあるものは、
 昭和33年厚生省環境衛生部長回答の「旅館業法関係における『業として』の解釈について」として回答されたものであった.
戦後の施設中心の医療・福祉制度からの脱却を目指した,
 時代を先取りするための新しい試みが理解されることは,途方もなく困難かもしれない.
今改めて 泰阜村にあるお年寄りが, 「最後まで安心して住み続ける」ための方策を
 何とかして 見つけたいと思っている.

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